英王室の“スペア”は、なぜ家族に弓を引いたのか――。四半世紀にわたり英王室をウォッチしてきたジャーナリストの多賀幹子氏による「ヘンリー王子“暴露本”の読みどころ」を一部転載します(「文藝春秋」2023年3月号より)。
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警備に数億円……厳戒態勢の「ミリオンセラー」
1月10日に16カ国語で発売されたヘンリー王子の回顧録『SPARE』の衝撃的な内容が波紋を広げています。出版前の本が流出せぬよう、警備に数億円がかけられ、厳戒態勢で発売日を迎えたこの本は、初日にイギリスだけで40万部、アメリカとカナダを合わせた3カ国でなんと140万部を売り上げるという、ノンフィクション本としては史上最速のミリオンセラーを達成しました。
400ページを超える大作で、王子と妻のメーガンの2人には、出版印税の前金として約26億円が支払われたと言われています。昨年12月のNetflixのドキュメンタリー『ハリー&メーガン』への出演では、Netflixから195億円もの収入を得たと報じられましたが、英国では「“王室批判ビジネス”で生活している」と揶揄されています。
実際、本書の中身は、暴露に次ぐ暴露というべきものでした。と言っても、王子自身が書いたのではなく、ゴーストライターによる代筆です。筆を執ったのはピューリッツァー賞作家のJ・R・モーリンガー氏で、彼は本書を手掛けたことで1億円以上の原稿料を手にしたといいますから、これまた豪儀な話です。
ただ驚いてばかりもいられません。この本が王室に与えたダメージは小さくなく、出版後にイギリス国内で行われた王室の好感度調査では、本書で批判の対象となった兄・ウィリアム皇太子がもっとも数字を落とし8ポイントダウンの61%に。ヘンリー王子も7ポイント下げ、23%になりました(英調査会社「イプソス・モリ」調べ)。ヘンリー王子の“捨て身”の作戦に、王室は完全に巻き込まれてしまったのです。
本書はまだ日本語版が出版されていませんので、内容をくわしく紹介する必要があるでしょう。まず、「予備(spare)」を意味するタイトルに象徴されるように、この本は“王家の次男”という立場に生まれたヘンリー王子の、兄夫婦への嫉妬や王室への愛憎、家族を失った悲しみや苦しみ、憤りで溢れています。