『流山がすごい』(大西康之 著)新潮新書

 千葉県流山市。つくばエクスプレスの開通によって人口が増え続け6年連続で人口増加率日本一となった街の物語である。

 筆者の大西康之氏は、元日本経済新聞の編集委員で流山市民である。住民であるアドバンテッジと取材力を駆使して流山市がどのようにして全国から注目される街になったのかを語る。

 本書には様々な「ひと」が登場する。そして地域の価値を上げるためにはいかに「ひと」の力が必要であるかを説いている。

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 面白いのが現市長である井崎義治氏がよそ者であることだ。アメリカで地理学を勉強し都市計画コンサルタントであった氏が1989年に帰国して選んだ街が当時住宅地としてはお世辞にも人気があったとは言えない流山だったのだ。理由は「適度な高台にあり緑が豊かな街」という拍子抜けするほどにシンプルな考えに基づくもの。

 ただ氏はデベロッパーが作って終わりの街ではなく、市民の手で創っていく街を目指して2003年に市長になる。

 市役所にマーケティング課を設置して、課長には外部から人材を招聘(しょうへい)。流山市民になっていただくターゲットをDEWKS(ダブル・エンプロイド・ウィズ・キッズ)、つまり「共働きの子育て世代」に設定する。

 ともするとすべての市民に平等に奉仕することを旨とする市役所にあって、保育施設の充実、共働き夫婦の通勤時に子供を保育園に送り迎えする送迎保育ステーションの設置などターゲットを絞り込んだ施策でDEWKSの心をつかむ。

『母(父)になるなら、流山市。』のキャッチフレーズは今ではあまりに有名だが、このコピーを2010年に実施していたことには瞠目する。

 本書に実名で登場する「ひと」は市長だけではない。そして彼ら彼女らがもともと地元の人ではなく、リクルートやJTBといった都心の大企業に勤めるビジネスパーソンであることに驚かされる。各人が「東京の大企業の仕事を持ってくるのではなく、地域課題を解決する事業を大企業と組んでやる」という発想で地域価値を向上させようと取り組んでいることが特徴だ。

 それは市議になって政策を作る、江戸川沿いに切り絵行燈を設置し、古民家カフェを作る、あるいは有機栽培で野菜を生産する農場を作るなど、大企業で培った知恵や人脈を地域で生かしていく姿として描かれる。

 特に目立った産業もなく、観光要素にも乏しい流山市がこれだけの人気の街になった理由は、市が「ひと」を大切にし、活躍できる場を提供し続けてきたことにある。デベロッパーが勝手に作ったコンセプトの街に「住まわせてもらう」のではなく、「『私達が街を作っていくんだ』という雰囲気」が気に入ったという住民の声に流山のすごさが垣間見えるのだ。

おおにしやすゆき/1965年、愛知県生まれ。88年、日本経済新聞社に入社。欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。『起業の天才!』など著書多数。
 

まきのともひろ/1959年生まれ。不動産プロデューサー。著書に『不動産の未来』『負動産地獄 その相続は重荷です』など。