1ページ目から読む
4/4ページ目

「清掃の基礎を教えていただいて、2カ月で独立したいんです。2カ月限定で働くということでもいいでしょうか?」

 何を血迷っていたんだろう。雇っていただこうとしていながら、辞める前提で自分勝手に話を進めた。今思えば、ムライさんに対してものすごく失礼だし、恥ずかしい限りの質問だが、僕は大真面目だった。

 ムライさんは嫌な顔もせず、

ADVERTISEMENT

「2カ月でも、死ぬ気で頑張れば、覚えられると思いますよ」と、真っ直ぐに僕を見て、答えてくれた。

「ただ、僕は入江さんより年が7つ下で、社員が1人いるんですけど、彼も入江さんより年下です。それでも大丈夫ですか?」

「まったく気にしないです」

 それで決まった。2日後から働かせてもらえることになった。

新しい一歩

 ムライさんのところでは結局、1年働かせてもらうことになった。なぜ、あのとき「2カ月で独立」などと言ったのか。

「何かしなくちゃ」「世間の人に認めてもらえるようなことを早く始めなきゃ」と焦っていたのは事実だ。

 肯定的に考えるとすれば、それまでの僕は「目標設定」を大事にしていた。

 何かをするとき、「いつまでにどうなる」という目標をもって始めるのと、何も考えずに始めるのとでは大きな差が生まれる。

 同じ作業をするのでも、目標があれば、それに向かって、必要な情報を自分から取りに行くことができる。どんどん経験や知識が蓄積され、目標に近づくごとにモチベーションも上がっていく。

 目標がなければ、ただ漫然と作業を繰り返すだけだ。そんなことは時間の無駄だと思っていた。

 芸人の後輩たちにも「ただ生活のためにバイトをするのはやめろよ。そういう時間があるなら、ネタをつくったり、先輩と遊んだりしたほうがよっぽど芸人としての役に立つ。同じバイトをするなら、ネタを探すつもりでやれよ」と、よく言っていた。

 将来が何も見えていなかった自分を奮い立たせる意味で、このときも「2カ月で独立」なんていう、とんでもない目標を瞬間的に立ててしまったのかもしれない。

 もっとも、「42歳にもなって、新しくアルバイトを始めるなんて……」という変なプライドもあったと思う。

 何はともあれ、僕はようやく一歩を踏み出すことになった。