“超高齢社会”の日本で暮らしていても、「認知症なんて、まだまだ自分や家族には関係ない」と考えている人は少なくないかもしれない。しかし、老いは誰にでも平等にやってくる。そして、それは突然やってくることもあるのだ。もし大切な人が認知症になってしまったら、あなたはその事実を受け入れることができるだろうか。

 ここでは、理学療法士の川畑智氏が、認知症ケアの現場で経験した様々なエピソードを綴った『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)より一部を抜粋。妻や娘の服を着てしまう認知症患者、野崎さんのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

写真はイメージです ©iStock.com 

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父が私の服を着る理由

 私は、施設の運営に携わるだけではなく、色んな方から認知症ケアの悩みについての相談も受けている。コロナ禍以降オンラインでのやりとりが主流となり、私は熊本にいながらも、日本や世界中の人々とつながることができるようになった。

 オンラインの良いところは、何かあったらすぐに情報をシェアできること。そして、文章や話すといったことだけではなく、写真や動画も同時に共有できる点にもある。

 LINEでSOSを送ってきたのは、神奈川県在住の野崎さん家族。

 お父さんが認知症を7年ほど患い、奥さんと娘さんの2人で介護をしているというケースだ。

 中でも一番の大きな悩みは、野崎さんが洋服を引っ張り出してしまうということ。ちょっとでも目を離すと、その隙にタンスやクローゼット、ありとあらゆるところから洋服を出してくるそうだ。添付された写真には、洋服が部屋の真ん中で山積みになっている様子が写し取られていた。それはまるで泥棒が不在中に押し入って物色したかのような光景だった。