“超高齢社会”の日本で暮らしていても、「認知症なんて、まだまだ自分や家族には関係ない」と考えている人は少なくないかもしれない。しかし、老いは誰にでも平等にやってくる。そして、それは突然やってくることもあるのだ。もし大切な人が認知症になってしまったら、あなたはその事実を受け入れることができるだろうか。
ここでは、理学療法士の川畑智氏が、認知症ケアの現場で経験した様々なエピソードを綴った『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)より一部を抜粋。川畑氏が30代のときに出会った認知症の男性、石川さんのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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あってはならない事故
1年のうちで一番センチメンタルになる季節は冬だと思う。
多くの人が、人の温もりを求めてしまうのではないだろうか。
中でも年の瀬というのは、あっという間に過ぎ去っていき、物寂しさに拍車をかける。もちろん楽しいイベントに参加したり、新年への期待に胸を膨らませたりする人もいるだろう。しかし、そう思えるのは恵まれた環境にいるからにすぎないということを、私はある事件をきっかけに気づかされた。
私が30代のころに働いていたとある入居施設。この施設が、他とは少し違っているのではないかということに気づいた。
ここでは、昼夜を問わず上下階につながる階段へ向かう扉が施錠され、我々スタッフしか開けることはできず、入居者は他の階へ行けない仕組みになっている。いちいち面倒だなという思いもあったが、それ以上に、ここまで厳重にして逆に問題は生じないのだろうかという疑問の方が強かった。きっと徘徊や離設行為を危惧してのことだろうが、ちょっとやり過ぎではないだろうか。
息子が迎えに来てくれるのを楽しみにしていた
この施設に、石川さんという男性が入居していた。
「ごめんな。父さん」と、会うなりそう切り出してきた息子に、石川さんは少し戸惑った。