「天下り」維持のために
10年ぶりの日銀総裁人事に際して、財務省の存在感はかつてないほど希薄だった。有力候補はいずれも日銀出身者。財務省出身者でダークホースと目されたのは、元金融庁長官の森信親(昭和55年、旧大蔵省)、アジア開発銀行(ADB)総裁の浅川雅嗣(56年)の両氏だ。
「菅義偉前政権が続けば本命候補だった」(自民党筋)とされるほど前首相に近い森氏は、自民党の麻生副総裁も金融庁長官時の手腕を高く評価。ただ体調が万全ではなく、コンサル業務が順風満帆とあって、苦労ばかりの総裁ポストに惹かれるわけもなかった。
浅川氏はかつての麻生政権で首相秘書官を務めた霞が関随一の「麻生銘柄」。財務官在任は歴代最長で、各国の通貨政策を仕切る「通貨マフィア」と太いパイプを持つ。年末年始には麻生氏との会合も持たれたが、数少ない日本が占める国際機関ポストのADB総裁任期を大幅に残して投げ出すには至らなかった。
省内で真剣味をもって語られたのは副総裁人事の行方だ。総裁候補との年次の関係から、次官経験者で副総裁候補に名前が挙がったのは岡本薫明(58年)、木下康司(54年)の両氏。ここで財務省独特の「天下り人事」との兼ね合いが発生した。
早くから副総裁候補に挙がった岡本氏は、昨年に日本たばこ産業(JT)副会長に就任したばかり。財務省にとってJT要職はOBを長年送り込んでおり、次官経験者の岡本氏起用が次期会長就任含みなのは衆目一致する。
一方の木下氏も省所管の特殊法人である日本政策投資銀行(政投銀)現会長を務める。ともに現職から引き剥がせば「天下りポストを保持するため玉突き人事が発生する」(省幹部)。何より本人らに転身の意欲がほぼなかった。
そもそも「永田町の根回しばかりに奔走しがちな省本流の役人たちに複雑かつ国際化した金融政策を仕切れるのか疑問だ」(中堅幹部)との指摘も少なくない。
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「霞が関コンフィデンシャル」の全文は、「文藝春秋」2023年4月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
日銀サプライズ人事の真相、陰の薄い財務省、弛緩しきった官邸、NHK人事の難所