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『アルマゲドン』ブルース・ウィリスの「知られざる10年下積み時代」〈“本番に弱い役者”が“泣き言を言いながら闘うヒーロー”になるまで〉

『アルマゲドン』ブルース・ウィリスの「知られざる10年下積み時代」〈“本番に弱い役者”が“泣き言を言いながら闘うヒーロー”になるまで〉

2023/03/17
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 いまでこそテレビ(配信)ドラマと映画の両方に出演する俳優は珍しくないが、当時はテレビドラマと映画には明確な線引きがされており、同じようにテレビスターから映画に“ステップアップ”したスターにはマイケル・J・フォックスやジョージ・クルーニーなどがいる。しかしブルース・ウィリスはテレビドラマで人気になるまでに10年の下積みを経験した実は苦労人なのである。

 子供のころは重度の吃音症だったブルース・ウィリスだったが、16歳の時に芝居で発したセリフでは自身はまったくどもらないことを発見した。そして役者を目指すことになった彼は、大学で演劇部に入りブロードウェイでオーディションを受けまくり、代役出演などで過ごす。

 しかし家族の問題などで大学を中退。その後再び役者を目指しニューヨークでレストランやバーテンなどのアルバイトで生活しながら、オーディションを渡り歩いた。いくつかの舞台劇に出演するものの、意外にも本番には弱い役者だったという。

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 その後、シドニー・ルメット監督の『プリンス・オブ・シティ』(1981)にエキストラで出演するもカットされ、翌年の同監督の『評決』(1982)にもエキストラ出演するがこれもカットされる。

 すでに下積みが10年続いていたがそれでも役者への夢を諦めず、遂にはオフ・ブロードウェイでエド・ハリスの代役として主役を演じて評判となる。こうして大手エージェントの目に止まり、ドラマへのゲスト出演を続け、テレビドラマ『こちらブルームーン探偵社』のデイヴィッド・アディソン役を3000人の応募者の中からつかみ取ったのである。

“本番に弱い役者”が“泣き言と愚痴を吐きながら闘うヒーロー”で大ブレイク

 そして映画『ダイ・ハード』(1988)である。テレビドラマでは人気だったものの、映画会社(20世紀FOX)の上層部はブルース・ウィリスが映画デビュー作で主演になることには懐疑的であった(そのくらい当時のアメリカの映画界とテレビ界は世界が違っていた)。

大出世作となった『ダイ・ハード』シリーズは「ヒーロー」のイメージを覆す映画史に残る作品となった ©時事通信社

 また、主人公のジョン・マクレーンは当時のアクション映画の主人公としては異色のキャラクターであった。なぜなら80年代のアクションヒーローはシルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーに代表される、マッチョで正義感と使命感をもった圧倒的な強さを持ったヒーロー像がスタンダードだったからだ。

 クリスマス・イブに妻の働く日系企業の職場を訪れてテロリストに襲われるブルース・ウィリス演じるジョン・マクレーン刑事は、筋肉質だがそこまでマッチョではなく、テロリストたちの銃撃からランニング姿のまま裸足で逃げ回り、泣き言と愚痴を吐きながら闘う。