「もう1回噛まれたら死ぬな」
だがヒグマの顔面に当たった瞬間、真野の右足首はあらぬ方向へと捻じ曲がっていた。右足だけではない。軸足となっていた左足首にも衝撃が走った。
「両足ともグニャッとなって、立っていられず、転倒して仰向けの態勢になりました」
そこに覆いかぶさってきたクマは、立て続けに2回、今度は真野の頭に噛みついた。攻撃の間、クマは吠えることも唸ることもなかったという。
「気がつくと目の前にクマの顔があって、顔によだれが垂れてきて……『あ、これはもう1回噛まれたら死ぬな。人間ってこうやって死んでいくんだな』と一瞬考えました。それでも『次に噛んできたら、これで反撃しよう』と、腰に下げていたサバイバルナイフを手で探りました」
だが「次」はなかった。クマはそれ以上の攻撃を加えることなく、そのまま立ち去ったのである。長い時間に思えたがクマに遭遇してから立ち去るまで、せいぜい1、2分の出来事だった。
全身血まみれで、110番をかけた
クマの気配が消えたことを確認すると、真野は首にかけていたタオルを頭の咬傷にあてがい、止血の応急措置を行った。アドレナリンが出ているせいか、不思議なほど痛みは感じなかった。続いて、携帯電話を取り出し、警察に電話をかけようとしたが、全身血まみれで指が血で滑ってなかなかかけられない。苦労してようやく110番に繋がり、クマに襲われたこと、救助を求めていることを伝えた。
「ただ千歳の警察ではなく、中央の指令センターのようなところに繋がったので、こちらの位置を伝えようにも、むこうも土地勘がないので、なかなか伝わらない。それに当然ながら、その電話で救急車の手配まではできないと言われまして……」
電話を切って、改めて消防に連絡しようとしていたところに、電話がかかってきた。
「なんかクマに食われた人がいるって連絡があったんですが、本当ですか?」
警察から連絡を受けた千歳市消防本部からの電話だった。
「実はここからが長かったんです」
(文中敬称略、後編に続く)
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