2014年10月11日、北海道千歳市の住宅地からわずか4キロしか離れていない山林で、その「事件」は起きた。
「30年キノコ採りをやっていて、その山林には年間40回ぐらいは入ってました。ヒグマのフンや足跡は見たことがありましたが、ヒグマそのものに出くわしたのは、そのときが初めてでした」
そう語る真野辰彦(68)の右腕には、あれから8年経った今もそれと分かる噛み傷が残っている。私が真野に話を聞きたかったのは、彼がキノコ採り中に遭遇したヒグマと必死に格闘し、大ケガを負いながらも奇跡的に生還を果たすという稀有な経験を持つ人物だからである。(全2回の2回目/前編から続く)
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「クマに食われた人がいるって連絡があったんですが、本当ですか?」
クマの気配が消えたことを確認すると、真野は首にかけていたタオルを頭の咬傷にあてがい、止血の応急措置を行った。アドレナリンが出ているせいか、不思議なほど痛みは感じなかった。続いて、携帯電話を取り出し、警察に電話をかけようとしたが、全身血まみれで指が血で滑ってなかなかかけられない。苦労してようやく110番に繋がり、クマに襲われたこと、救助を求めていることを伝えた。
「ただ千歳の警察ではなく、中央の指令センターのようなところに繋がったので、こちらの位置を伝えようにも、むこうも土地勘がないので、なかなか伝わらない。それに当然ながら、その電話で救急車の手配まではできないと言われまして……」
電話を切って、改めて消防に連絡しようとしていたところに、電話がかかってきた。
「なんかクマに食われた人がいるって連絡があったんですが、本当ですか?」
警察から連絡を受けた千歳市消防本部からの電話だった。「実はここからが長かったんです」と真野が苦笑する。消防に現場の位置を伝えている間に、警察のヘリが飛んできたのだが、なかなかこちらを見つけられない。しばらく付近を探していたものの、やがて燃料が切れたのか、帰っていってしまった。犬のブンタはいつの間にか、そばに戻ってきていた。