救急車が、現場に通じる細い山道へ入れない
「私を心配して、傷口をペロペロ舐めようとするんですね。その気持ちは有難いんですが、雑菌でも入ったらいけないから、これにはちょっと閉口しました(苦笑)」
その後、消防と電話していると、一度は出動した救急車が現場に通じる細い山道に入ることができずに、戻ってしまったという無線でのやりとりも電話口から洩れ聞こえてきた。
「そもそも何の目印もない山の中なので、現場の場所を正確に伝えるのも一苦労でした」
ついには真野が現場に土地勘のあるキノコ仲間の1人に電話して、救急隊員への道案内を頼んだ。最終的にこれが功を奏して、無事に救助隊に発見された真野は、即席の担架がわりの毛布でライトバン(救急車が山道に入って来れなかったため)へと運ばれた。
「そのときになってようやく痛みを感じるようになって。運ばれているときに、どうしても木とか枝に当たるでしょ。そのたびに私が思わず『イタタ!』と声をあげてると、しまいにはキノコ仲間に『うるさい、黙っとれ』と怒られてしまいました」
ドクターヘリで札幌市内の病院へと運ばれたときには、最初の通報から実に2時間が経過していた。
ヒグマの牙は骨にまで達していた
翌日付の北海道新聞は、この一連の経緯をこう報じている。
〔午後0時10分ごろ、千歳市藤の沢の山林で、キノコ採りをしていた千歳市内の男性会社員(59)がクマに襲われて、頭や腕をかまれ、右足首を骨折する重傷を負った。男性はドクターヘリで札幌市内の病院に運ばれたが、命に別状はないという〕
だが記事から受ける印象以上に病院での診断の結果は、壮絶なものだった。
〈右距骨下関節内側脱臼、左足関節後方脱臼骨折、右頭部・上肢多発熊咬傷、第5中手骨開放骨折、右尺骨・上腕骨・舟状骨剥離骨折、左第4・5助骨骨折、右長母指伸筋腱癒着・断裂〉
医師によると、クマの牙は右腕の骨にまで達していた。クマの顔面を蹴った真野の右足ばかりか、軸足となった左足関節まで一瞬で骨折させた事実は、クマの凄まじいまでの瞬発力と破壊力を物語っている。