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「でも幸運だったんです」生死を分けたのは…

 結局真野は、リハビリを含めて3カ月の入院生活を余儀なくされた。

「でも幸運だったんです」と真野が振り返ることがある。ひとつにはその半年前に携帯電話のキャリアをauからdocomoに替えていたことである。その山林ではauは通じなかったが、docomoは通じた。もし携帯を替えていなければ、「確実にアウトだった」。またいつもは怠りがちだが、その日はたまたま充電を満タンにしていたため、途中で電池切れになることもなかった。さらに言えば満身創痍ながらも、意識ははっきりとし、喋るのには支障がないケガだったことも幸いしたという。

 入院中、北海道立総合研究機構のヒグマの専門家による聞き取り調査を受けた。専門家の見立てでは、当該クマはその体格と子連れでなかった点から、「若いメスではないか」とのことだった(その翌年、真野が襲われた現場近くを流れる川で釣りをしていた人がメスのヒグマに追いかけられ、荷物を漁られる事件があった。このヒグマはハンターにより駆除されたが、メスのヒグマの行動半径は、4~5キロとされているので、真野を襲ったヒグマと同一個体であったとしても不思議ではない)。

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野生のヒグマ(知床半島) ©AFLO

なぜクマは途中で立ち去ったのか?

「事件後もキノコ採りには行ってます。でもさすがに1人で山に入るのは今でも怖いですね。トラウマにはならないかな、と思っていたんですが、いざ山に入るとやっぱりあのときの恐怖がよみがえります」

 一方でこの経験以降、個人的にヒグマの生態や人間社会との関わりについて調べるようになったという(私が取材した際にも、ヒグマに関する記事が丁寧にスクラップされた分厚いファイルを持参していた)。

 その真野は今、改めて事件を振り返って何を思うのだろうか。

「あれは、お互い『不幸な遭遇』だったと思っています。もともとクマの生息地にこちらがキノコ採りで立ち入っていますので当然、クマに非はありません。私の方から先に手をだしたわけですし」