メジャーリーグ好きで、オカモト"MOBY"タクヤの名を知らぬ者はいない。ファンクバンド「SCOOBIE DO(スクービードゥー)」のドラマーでありながら、音楽業界きってのMLBマニア。トレードマークのアフロヘアーはレジー・ジャクソンへのオマージュで、今ではMLB番組で解説をしたり、専門誌に寄稿することも。そんなMOBYがMLBと出会い、生粋のシカゴ・カブスファンとなるまでを綴る。

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 初めてメジャーリーグ、当時のマナーでいうならば大リーグという存在を知ったのは1980年代前半、野球用品メーカー美津濃のカタログでした。ランバードのラインが登場する直前、まだMラインだった頃のカタログに、見慣れないユニフォーム姿の外国人が。それがピート・ローズという人で、フィラデルフィア・フィリーズというチームにいる、ということを知ったのがメジャーリーグを知った最初の瞬間でした。ピート・ローズはその頃カップラーメン「激めん」のCMにも出ていて、ああ、そうか、プロ野球は日本だけではないんだ、ということをピート・ローズがきっかけで知ったことは間違いないかと思います。

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 その後はベーブ・ルースの伝記を読み、ロイ・ホワイトやレジー・スミス、ウォーレン・クロマティなど、当時大ファンだった巨人に来る外国人選手が元々はバリバリのメジャーリーガーだったことを知り、まだまだ当時は少ない情報ながらも何とかメジャーリーグのことを知ろうとしていた自分がいました。中学2年だった1990年には、ケン・グリフィーJr.やバリー・ボンズ、ランディ・ジョンソンといったメンバーが全日本にまさかの負け越しを喫した日米野球の開幕戦を東京ドームに観に行きました。高校1年だった1992年に初めて現地でメジャーリーグを観戦。夏休みを利用して、映画『ファーゴ』の舞台となったノースダコタ州ファーゴの近郊、州を隔てたミネソタ州の小さな街にホームステイしていたボクはホストファミリーのご厚意によりミネアポリスまで片道5時間かけて車でメトロドームへ。前年のワールドチャンピオンだったミネソタ・ツインズが1989年のワールドチャンピオンだったオークランド・アスレチックスを迎えた、当時の黄金カードを目の当たりにし、メジャーリーグの凄さを肌で感じました。当時は何となくアスレチックスが好きだったのですが、この時はとにかく生でメジャーの試合を観たこと自体に興奮してしまい、とにかく色んな選手を覚え、またフランクリンのバッティング・グローブやUSAローリングス社のマーク・マグワイア・モデルのファーストミットなど、アメリカでしか買えない野球用品を買い込み野球部で使う、という完全に「メジャーかぶれ」な(軟式)高校球児でした。

 大学1年の1995年にはアメリカへ1ヶ月一人旅を敢行し現地で5試合ほど観戦。今は無きキャンドルスティック・パークや旧ヤンキースタジアムなどを訪れたのですが、その中で何故かハマったのはシカゴ・カブス、そしてリグレー・フィールドでした。CTAレッドラインのアディソン駅を降りると目の前に現れるスタジアム。けれども周りの住宅街とも自然に溶け込み、中に入ると芝生の美しい緑、土の赤、外野フェンスに繁る蔦の緑、そして“古き佳き”という言葉が相応しい建物の美しさ。ファンも熱狂的で、全体的に騒がしく、シカゴの人々に愛されていることが強く感じられる雰囲気。まだ若手だったサミー・ソーサはその試合で2本のホームランを打ち、カブスはフロリダ・マーリンズに大勝。それはボクの中で色々なことが一致した瞬間でした。

 同年、大学の音楽サークルに入ってしまったが最後、現在に至るまでバンドでドラムを叩くことが生業になったボクが、当時何度も観ていた映画が『ブルース・ブラザース』。そこに出てくる主人公の2人が住民票に登録していた住所が、そうリグレー・フィールド! 映画のテーマでもあった大好きなブラック・ミュージック、コメディ、ベースボール、そしてシカゴの街……バラバラにあった個別の情報が、ボクの頭の中でバチッとはまった瞬間でした。それ以来、そこをホームとするカブスを好きにならざるを得ない、『ブルース・ブラザース』的に言えば“光を見た”瞬間でした。あ、そうそう『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』のあのシーン(2015年のワールドチャンピオンはカブス)も思い出しましたよね。その2015年10月21日、映画の中ではデロリアンに乗ったマーティ・マクフライが1985年からやって来たその日、ボクはリグレー・フィールドで行われたナショナル・リーグ優勝決定戦第4戦を観に行きました。

 結局メッツにスウィープ(全勝)され、カブスが敗退する瞬間を目の当たりにしたのですが、試合終了直後にスタンド全体から湧き起こった「Let’s Go Cubbies」コールに感動、これは2016年、いよいよ108年振りの奇跡が起こるかも知れない、と予感した瞬間でもありました。