恩師から贈られた“ある言葉”
九州学院高校3年生の夏は甲子園出場を逃した。高校通算52本塁打を放ちながらも、U-18日本代表には選ばれなかった。早稲田実業・清宮幸太郎(現・日本ハム)、履正社・安田尚憲(現・ロッテ)、広陵・中村奨成(現・広島)ら、「清宮世代」と言われる同級生たちの後塵を拝し続けた高校時代を経験した。
高校時代の恩師・坂井宏安監督からは、目指すべきは甲子園に出ることではなく、プロで活躍すること、日の丸を背負って侍ジャパンの一員になることと諭され、「臥薪嘗胆」という言葉を贈られ、村上は今もこの言葉を座右の銘としている。
辞書を引けば「将来の成功を期して、苦労に耐えること」とある。まさに村上は、17歳の夏から「臥薪嘗胆」の思いを抱き、今日の地位を確立したのだ。自らにプレッシャーをかける強さがあり、逆境をエネルギーとすることができる男、それが村上宗隆なのだ。
WBC開幕以来結果が出ていなかったのは事実だ。自分の前を打つ「大谷翔平」という世紀の大スターを目の当たりにして、力んでしまっているのか、それとも自身との実力の差を痛感しているのか、あるいは国際大会のストライクゾーンにアジャストできていないのか、そもそも調整面に問題があるのか……。これまでに見たことのない背番号《55》がいた。
先に紹介した村上のインスタ投稿では、負傷によりWBC出場がかなわなかった鈴木誠也が、「悩める四番」を鼓舞するために、村上の応援歌をBGMに不格好な三振を喫し、肩を落としてベンチに戻る村上の形態模写をした動画が公開された。鈴木自身も東京オリンピックにおいて「四番の重圧」と戦い、日本に金メダルをもたらした功労者の一人だ。そんな鈴木からの「愛のあるイジリ」は、本人も「すごく元気出ました」と述べているように、村上を勇気づけたことだろう。
「栗山は村上と心中する気なのか?」
準々決勝のイタリア戦、栗山英樹監督はあえて村上を五番に起用することを決めた。「日本の四番」を自負していた村上は、監督の決断をどんな思いで受け止めたのだろうか? そして村上は、この試合で3打数2安打を放ち、復調の兆しを見せた。ようやく、「村神様」らしい思い切りのいいバッティングが見られた。そして、アメリカに渡って臨んだ準決勝のメキシコ戦。この日も「三番・大谷、四番・吉田」に続く五番での起用となった。
2回裏の第1打席は空振り三振。4回裏の第2打席は見逃し三振。本来の積極性は完全に鳴りを潜めていた。このあたりでは、SNS上では村上を非難するコメントが数多く見られた。6回裏の第3打席は空振り三振。まったくいいところがなかった。「栗山は村上と心中する気なのか?」というツイートがタイムライン上にあふれ出してくる。
7回裏、吉田正尚の3ランホームランが飛び出して、ついに同点に追いついた。意気上がる侍ジャパン。続いて打席に入った村上はあっけなく、サードファールフライに倒れた。精彩を欠いているように見える姿が痛々しい。こんな村上は見たことがなかった。周囲が打てば打つほど、村上のブレーキぶりが際立ってくる。
そして、4対5、1点のビハインドで迎えた9回裏、大谷、吉田のおぜん立てを受け、この日5回目の打席に入ったのが村上だった。改めて、彼の言葉を噛み締める。
そろそろ打てや、村上――。