山之内弁護士の怪気炎
哀川翔と竹内力のヤクザもので特筆したいのが、プロデューサー木村俊樹、監督三池崇史との仕事だ。90年代の日本映画は『月はどっちに出ている』(93年、崔洋一監督)や『KAMIKAZE TAXI』(95年、原田眞人監督)などが、バブル経済隆盛期の在日外国人の急増により単一民族国家幻想が揺らいだ日本と、そこに生きる在日外国人を描いたが、木村俊樹と三池崇史は、Vシネマの『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(95年)で哀川翔に中国残留孤児二世の刑事を演じさせ、『極道戦国志 不動』(96年)では谷原章介と異母兄弟のアジア人の殺し屋を登場させ、『極道黒社会 RAINY DOG』(97年)では哀川に日本から台湾に渡った行き場のないヤクザを演じさせるなど、ヤクザ映画をアジアに解き放った。
そして、Vシネマのリアルなヤクザものに原作を提供したのが、元山口組顧問弁護士、山之内幸夫だった。山之内は自らの原作の映画化、『大阪極道戦争 しのいだれ』(94年、細野辰興監督)のプレスシートで、「これから作るべき新たなヤクザ映画」についてこう書いている。
「私がここに送りたいのは、人間的なオスの本能をあらわにした生身のヤクザです。スペルマをまき散らして世間の迷惑は一切かえりみないという男の究極の夢を描きたいのです。社会的な制約も倫理も、全てはね飛ばして最後は無茶苦茶しておしまい、とは痛快です。/ヤクザ映画には、男がしたくてもできない夢があるからファンがあるものです」
欲望のみが憑依したような、知性をかなぐり捨てた文章には驚嘆するが、山之内は「『抗争』ではなく破天荒なヤクザを見せ、観客に溜飲を下げさせるのがVシネマの方向性だ」と言っているのだ。山之内が描くヤクザの愚かしさやどうしようもなさに、監督の細野辰興は心を惹かれ、二人はタッグを組んで“大阪極道三部作”――『大阪極道戦争 しのいだれ』、『シャブ極道』(96年)、『売春暴力団』(97年)を作った。
その中で『シャブ極道』は、「覚せい剤を礼賛している」として映倫(映倫管理委員会)から成人映画に指定され、ビデ倫(日本ビデオ倫理協会)からは「公序良俗に反する」として「シャブ」というタイトルを付けてのビデオの発売は許諾しないと規制された。しかし、この映画はシャブの称揚などではなく、高度消費資本主義の中で、人間が何かに依存しなくては生きられない姿を、酒も煙草も受け付けないシャブ中毒者を通して描いた悲喜劇だ。スキャンダラスな題名とは裏腹に、松竹新喜劇のような風合いの「極道版・夫婦善哉」である。
時代は、73年のオイルショックから、バブル経済期、暴力団対策法を経て、95年の阪神・淡路大震災にいたる四半世紀にわたる大阪。「博多におった時は陽水も拓郎も財津も、みんなワシの舎弟やった」と嘯(うそぶ)き、弱小の組を束ねる役所広司が、「ワシがシャブ売るんは、ゼニカネだけのためやない。人間はな、シャブで幸せになれるんや」と反社会的な信念を売り物にしている。惚れた女(早乙女愛)を、日本一のヤクザ組織の幹部(藤田傳)のものであろうと何であろうとお構いなしに略奪。覚せい剤をご法度にする藤田傳の組織と真っ向から対立する。
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伊藤彰彦氏による「仁義なきヤクザ映画史」最終回の全文は、月刊「文藝春秋」2023年4月号および、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。