この母親を演じたのは、テレビの司会などでもおなじみのエッセイスト・阿川佐和子と、意外なキャスティングであった。阿川はこれまでにもたびたびドラマや映画に出演してきたとはいえ、専業の俳優ではない。それにもかかわらず、とても自然な雰囲気で存在感を示していた。相手役の鈴木も、そんな阿川をふんわりと包み込むかのごとく、彼女のセリフや行動の一つひとつを受け止めていたような印象を受けた。
前出の『孤狼の血 LEVEL2』で、鈴木に惨殺される役を演じた筧美和子は、本番に入るや《想像以上に恐ろしい鈴木さんの言葉、表情、そして目に見えない殺気を感じ、心の底から》絶叫が沸き上がったとして、《鈴木さんの本気の芝居が共演者の芝居のレベルすら上げてしまう。得がたい体験をさせていただきました》と語っていた(『週刊ポスト』2021年10月1日号)。シチュエーションは異なるものの、鈴木はおそらく阿川に対しても本気の芝居で相対し、演技力を引き出したのではないか。
セリフに全部「ウンコ」と…暴走しがちだった駆け出し時代
鈴木と阿川はこれ以前、『週刊文春』での連載対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」で初めて会っている(2015年11月5日号)。ちょうど彼が、前年にNHKの朝ドラ『花子とアン』でヒロインの夫役を演じ、広くその名を知られるようになったばかりの頃だ。
その対談中には、鈴木が駆け出し時代、ドラマ『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~』(2007年)に“その他大勢”の役で出演した際、何とかして目立とうと《俺はゴリラだと思い込んでがに股で歩いたり、一話目で「ウンコ」というセリフがあったので、二話以降、言うセリフに全部「ウンコ」と足していったり》と、監督に怒られるギリギリまでやったというエピソードを披露し、『花子とアン』での役柄とのあまりのギャップに阿川から《こんな変な人だと思わなかった(笑)》と言わしめた。このときはまさかお互いに俳優として共演することになるとは、夢にも思わなかっただろう。
なお、デビュー当初は監督の言うことも聞かず暴走しがちだった鈴木だが、くだんの対談では、《役者の考えてることなんて監督の考えてる深みの三分の一くらいのもんだ――ということに、ある時気付いたんです。それ以来、「まな板の上の鯉になる」をモットーにしてます!》と強調していた。自分を抑え、役になりきることに力を注ぐようになったのも、そのときからなのだろう。
東京外国語大学に進学、英語を専攻
そもそも鈴木が俳優を目指すようになった原点は、子供のときから変身願望が強く、俳優になればフィクションの世界に入り込んで、そのなかで生きられると気づいたことにある。小学生のとき、主人公の少年が映画の世界に入り込むハリウッド映画『ラスト・アクション・ヒーロー』を観て、自分もこれをやりたいと強く思ったという。同作を含め、父が子供のときからハリウッド映画をたくさん見せてくれたおかげで、アメリカに興味を持つようにもなり、地元・兵庫の高校時代には1年間同国に留学、東京外国語大学では英語を専攻した。俳優となってからは海外でも仕事をしたいと目標に置いてきた。