田中角栄が福田赳夫を打ち破る、1972年の自民党総裁選は熾烈を極めた。投票に際して、ある議員には「うちのオヤジの名の二字目を、極端に小さく書くように」、別の議員には「オヤジの姓は漢字、名は、平仮名にしろ」と指示を出す。そうやってカネを渡した相手がちゃんと投票するかを確認したという。
そうまでしても「七票、票が違っている。おれのところに金を取りにきた議員の中に、福田派の金と二重取りしたヤツが、七人もいる。政治家ほど信じられないヤツはいない……」(大下英治『田中角栄 権力の源泉』)と田中の盟友・小佐野賢治を嘆かせることになるのだが。
投票と「とめはね」
そんな永田町の故事をつい思い出してしまうのが、文春最新号の「独占90分 貴乃花答える!」だ。渦中の貴乃花親方にインタビューするとともに、相撲協会の理事候補選の舞台裏を明かす。
今回の理事選は候補者の名前を自筆で記入する記名投票のため、筆跡から誰が誰に投票したのかがわかることもあり、上述の自民党総裁選と同様に「名前の留めはねの部分など、個人に割り振った“暗号”を事前に決めておき、裏切り者が分かる対策をとっている一門もあるとか」(運動部デスク・談)。
こうまでするのはなぜか。
今回の理事候補選では10人の理事を選ぶのに11人が出馬する。貴乃花親方はわずか2票の得票で落選するが、出馬していなければ無投票当選で決まるところであった。文春のインタビューで貴乃花親方は「選挙になっただけでも意味があったと思います。だから、まあ予想通りですね」と敗戦の弁を述べている。
しかしながら貴乃花親方は“隠れ支持者”に期待をし、「本気で浮動票による当選を目論んでいた」との見方もあるという(FLASH最新号)。また他の一門から九重親方ら4、5票が流れると言われていたと同誌は伝える。
それを封じこめたわけである。かくして貴乃花は完膚なきまでに叩きのめされる。