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《追悼》「もう相棒のような感じです」亡くなった坂本龍一が「古いアナログ・シンセサイザーの音」にこだわり続けた理由

『音楽と生命』 #1

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坂本龍一が大事にする「一回性」「アウラ」

坂本 僕は、そういう音楽の一回性というものを非常に大事だと思っています。

 科学は、何度繰り返しても同じ結果が得られる、つまり再現性というところに価値を置くものですけれども、音楽はそれとは反対です。一回しか起こらないというところにベンヤミンが言う「アウラ(オーラ)」があり、そこに価値があるわけです。だから、毎回同じことが必ず起こるとか、劣化しないとか、たくさん同じものがあるというのは、アウラがないということになるわけですね。

 ベンヤミンは、機械的複製技術の誕生によって芸術作品のコピーを大量生産することが可能になった時代、芸術作品が「いま・ここ」に結びつきながら一回的に現象する際の特有の輝きをアウラという概念で表し、それが失われている問題について論じました。二〇世紀前半になされたベンヤミンのこの指摘は、当時以上に複製技術が向上している今の時代だからこそ、真剣に考える必要があると思っています。

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生物学者・作家の福岡伸一さん ©文藝春秋

福岡 私もそう思います。

 実際のところ、再現性がないといけないと言われる科学においても、一回性と再現性のせめぎ合いがあります。たとえば我々が論文を書くときは、非常に正確に条件を設定し、同じ条件で実験すれば誰もが同じ結果が得られるということを目標とします。しかし、生物学の実験では生き物という生ものを相手にしますから、現実には毎回少しずつ違うことが起きているんです。科学では、それを近似的に再現性があるというふうにみなしているわけですね。

 私が非常に印象に残っているのは、『async』(2017年に発売された坂本龍一のアルバム)が完成したとき、坂本さんが「誰にも聞かせたくない、自分だけで聞いていたい」と思われたということです。これは一見、自己愛的発言に聞こえますけれども、必ずしもそうではないのではないでしょうか。

 つまり、一回性のものである音楽、あるいは音を複製して皆に共有してもらう段階で、複製された同一性というものにとらわれてしまうことになるわけですよね。坂本さんは、そうなる前の一回限りのものとして、『async』の音楽を慈しんでいたいという感じだったのではないでしょうか。

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