近年、発達の目覚ましい「AI(人工知能)」を、亡くなった坂本龍一(享年71)さんはどう感じたのか? 生物学者・作家の福岡伸一さんの貴重な対談の様子をお届け。
音楽、アート、哲学、科学など多方面に造詣の深い二人が、対話を重ねた新刊『音楽と生命』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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AIが世界を支配するのか
福岡 今盛んに言われている、シンギュラリティが起こってAIが世界を支配するというような言説も、そういうロゴス的思考からきているのだと思います。
AIは急に現れたわけではなくて、単にコンピューターの計算能力が上がったというだけのことにすぎません。大量のデータを瞬時に扱えて、かつ確率的にどれが最適かをものすごい速度で計算できるようになったという話ですから、将棋や囲碁でAIが人間に勝てるというのは、当然だろうと思います。
私は、AIを使ってタクシーが自動運転化できたり、買いたいものがすぐに届いたりという便利さを追求することについて、異を唱えるわけではありません。しかし、人間の脳の思考パターンをそのままアルゴリズムに置き換えられると考えるのは、非常にナイーブだという感じがしますね。
坂本 ナイーブだというのは、本当にその通りだと思います。
AIは正解は一つしかないと判断しますが、一つの正解だけあってあとは間違いというのは、音楽にもアートにもそれから生命にもありません。常に間違いを繰り返しつつ、進んでいるのが、生命ですよね。
福岡 そう、壊しながら進んでいるのが生命です。
坂本 そういうエラーが起こりつつも進むというところは、決められたルールの中で勝ち負けをはっきりさせるAIにはよくわからないはずです。AIに、音楽やアート、あるいは生命や宇宙というものを本当の意味で理解することはできないと、僕は思いますね。
福岡 生物学者の中にも、やはりAI寄りの考え方に凝り固まっている人たちがいます。生命の歴史はだいたい三八億年くらいあるんですけれども、三八億年前と同じ大気の組成、湿度、温度といった初期条件を設定すれば生命が発生し、進化の歴史がそのまま再現されると、彼らは信じているんですね。それはまさにAI的思考で、ある条件が与えられればそれに応じてアルゴリズムが働くという考えなんです。
坂本 危機的な生命観、世界観ですね。