3月28日に亡くなった坂本龍一さん(享年71)と、生物学者・作家の福岡伸一さんの貴重な対談の様子をお届け。坂本さんが、70年代や80年代に作られた古いアナログ・シンセサイザーの音を好み、それを愛用し続けた理由とは?
音楽、アート、哲学、科学など多方面に造詣の深い二人が、対話を重ねた新刊『音楽と生命』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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失われた「アウラ」
福岡 坂本さんが昔から使われているシンセサイザーも、人工的に音を作り出す装置ということからデジタル的だと思われがちですが、実は、初期のシンセサイザーはアナログ的で、電圧によって音が変えられるそうですね。ということは、一回限りの指先の力加減で違う音が出てしまうということですか。
坂本 まさに、僕が使っている七〇年代や八〇年代に作られた古いアナログ・シンセサイザーがそうなんです。電圧によって周波数が変わり、音色も変わります。たとえば、家で弾いているときと、仕事場に持ってきたときとでは電圧が微妙に違うので、音も微妙に違ってくるんです。まったく同じモデルでも、一台一台音が違いますから、とても愛着がありますね。もう相棒のような感じです。
以前、作曲家の冨田勲さんが「シンセサイザーの電気は雷の電気と同じだ」と言っていましたが、そう考えると、シンセサイザーが出すのは自然の「音」ということになりますし、そもそもシンセサイザー自体、人工物に見えて実は自然の「もの」なんですよね。
福岡 坂本さんは、そういう古いものを大事に使われてきたんですね。
坂本 もちろん、デジタル・シンセサイザーの便利さには勝てないところはありますが、自然の「音」や「もの」でなくなってしまうというところに、僕は抵抗感があるんです。
アナログ・シンセサイザーにも多少の再現性はありますが、コントロールされたパラメータをデジタル的に正確に覚えているわけではないので、電源をオンにしてからの時間や、機器が発生させる熱など、いろいろな要素によって音がどんどん変わっていってしまい、再現できない音もかなりあります。でも、僕にはそれが面白いんですね。
福岡 それが一回性ということですよね。