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僕は“正義の味方”になりたかった…涙の初セーブ、日本ハム・田中正義が“本当の自分”を見せた日

文春野球コラム ペナントレース2023

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田中正義が「ニヤニヤ」で終わっていいわけがない

 ふと思いついて「田中正義」をヤフー検索した。サジェストされたワードは「田中正義 日本ハム」「田中正義 ニュース」「田中正義 成績」「田中正義 ニヤニヤ」「田中正義 笑う」「田中正義 人的補償」。何と検索上位のうち、2つが「ニヤニヤ」「笑う」だった。2016年ドラフトで5球団競合の末、鳴り物入りでプロ入りした剛腕投手は通算「成績」1敗2ホールドと、鳴かず飛ばずの6年を過ごし、近藤健介FA移籍の「人的補償」として「日本ハム」入りが「ニュース」として報じられた。そして見た感じの印象は「ニヤニヤ」「笑う」男だった。そんなところだろう。

 僕は頭の上のクッションを払いのけた。田中正義が「ニヤニヤ」で終わっていいわけがない。こわばった笑みを思い出す。いっしょうけんめいじゃないか。骨折を押して試合に出る江越大賀と同じだ。ここで生き抜くしかない。ここでやれなかったらプロ野球人生は終わりだ。最後のチャンスだ。6年間期待に応えられず、肩痛で苦しんだ。みっともなくてもいい。みっともなくても笑う。このチャンスにかじりつく。それがファイターズの田中正義だ。

 気がつくと田中正義を猛烈に応援したくなっていた。たった今、1アウトも取れず不様に散った男を拾い上げたくなっていた。これは感情だ。「田中正義 ニヤニヤ」「田中正義 笑う」。「田中正義 人的補償」「田中正義 成績」。好奇の目にさらされたかつての黄金ルーキーをうちで再生させたい。仕事をさせてやりたい。こうなったらオレは「正義の味方」だ。田中正義を応援するだけで自動的に「正義の味方」だ。

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 翌22日の楽天5回戦、5対3のセーブシチュエーションで誰を投げさせるのか注目したが、宮西尚生だった。栗山英樹監督時代なら100パー、田中正義だったろう。マウンドで受けた屈辱はなるべく早くマウンドで消してやる。まぁ、連日痛打を食らったら逆にトラウマものだが、栗山さんはそういう起用法を好んだ。そしてこの日、新庄監督は宮西を選択した。見ている側にはわからない機微があったのかもしれない。

 ここにシーズン序盤戦の大きなテーマが浮上する。石川直也離脱を受け、再編されるリリーフ陣のなかで「ファイターズのクローザーは誰が務めるのか?」。宮西なのか。田中正義なのか。玉井大翔なのか。ロドリゲスなのか。メネズなのか。あるいは2軍から杉浦稔大、北山亘基を上げるのか。後ろが定まらないとクロスゲームが拾えない。勝てないチームがますます勝てなくなってしまう。

 田中正義がマウンドに戻ったのは23日、楽天6回戦、同点で迎えた9回だった。これを1四球無失点で抑え、ホールドがついた(試合自体は負け)。一昨日とは見違えるほど落ち着いていた。延長戦になったけれど、9回を任されるのはクローザー候補という意味じゃないか(と自称「正義の味方」は考えた)。こういうときは同点の9回でもクローザーから使うものだ。

お立ち台で見せた「本当の笑顔」

 あぁ、読者よ。そして26日のオリックス5回戦がやってくる。運命の歯車のように田中正義にクライマックスシーンが訪れるのだ。ファイターズはマルティネスのホームラン、万波中正の適時打で6点リードし、オリックス中川、森、杉本の三者連続ホームランで6対3に追い上げられる。追い上げられた感じはあの大逆転の楽天戦に似ていた。三者連続を喫し、1アウトも取れず降板した堀瑞輝は涙を浮かべた。堀は2016年ドラフトで日本ハムが田中のクジを外したときのドラ1だ。この3失点で期せずしてホールド、セーブのシチュエーションが生じている。

 その後を池田隆英が締める。2イニングを無安打無失点の好投。オリックスに流れを渡さない。池田は創価高、創価大の7年間、田中正義とチームメイトだった。2016年ドラフトでは田中はソフトバンク1位、池田は楽天2位だ。それが巡り巡って日本ハムで再会している。池田にはホールドがついた。残るは8、9回の2イニング。

 8回は宮西だった。ベテラン復活。彼は本来のセットアッパーに戻った。あぁ、僕はそのとき宮西を見て、「本当の自分」について考えていた。誰にでもこうでありたいと思う「本当の自分」がある。もしかするとそこから遠くはぐれてしまって、心のなかにはあるものの二度と取り返せない自分かもしれない。あの頃はよかったとため息をつき愚痴るような、過去の栄光かもしれない。だが、今もありありと像を結び、これが本当のお前だと呼ぶ声がする。ダメかもしれないが勇気を出して、男はそこに戻ろうとする。宮西はカムバックした。

 9回、田中正義が笑みを浮かべ、エスコンのマウンドに立つ。すべてが必然。田中も勇気を出して「本当の自分」をその場所に呼び寄せる。それは大学時代の剛腕か。プロ6年で未勝利の故障持ちか。いや、それぞれ否定しがたく「自分」ではあろうけれど、田中正義には今しかないのだった。今、9回のマウンドが「本当の自分」だった。ゴンザレス三振、茶野篤政ファーストゴロ、西野真弘三振。プロ初セーブ達成!

田中正義、プロ初セーブ

 ヒーローインタビューでは目を潤ませ、しばらく話せなかった。「(7年目の初セーブは)すごく嬉しいです」。飾りのない言葉だけど、ひとつ仕事ができたことが泣けてくるくらい嬉しいのだ。長かった。諦めなくてよかった。「(お立ち台は)本当に最高の景色ですし、何十回何百回と見られるように頑張りたいです」。そう言って、本当の笑顔を見せていた。

 ファイターズはやっとひとつ仕事ができたことを喜ぶ集団だ。みんな何か足りなくて、欠けている。弱い。力不足。ぜんぜんなってない。だけど、勇気を出してチャレンジしている。次は堀瑞輝が「本当の自分」に出会う番だ。野村佑希が出会う番だ。伊藤大海が出会う番だ。これは群像劇なのだ。みんなが助け合って、それぞれを生かしてやる。みんなでやるんだよ。チームのなかにこそ「本当の自分」があるから。

 田中正義投手、ファイターズへようこそ!!

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