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「10年前の歌舞伎と全く違う」市川猿之助が演じる安倍晴明の“胡散臭いライバル”の魅力

『半沢』は現代の時代劇

 夢枕 僕は、ドラマ『半沢直樹』(TBS)で猿之助さんが演じた伊佐山泰二も大好きなんです。すごいと唸ったのは親会社との買収戦に敗れた半沢へ電話で言った「お前の負け〜」(第3話)。それに第2話で、半沢に邪魔をされた伊佐山が「詫びろ詫びろ詫びろ」と、半沢を何度も詰めるシーン。ああいったセリフは、どこまで台本に書かれているんですか。

 猿之助 「お前の負け」も「詫びろ」も台本にはあるんですけど、言い方までは指定されていない。「詫びろ」は一言だけでしたしね。

「陰陽師」の魅力を語る市川猿之助氏 ©文藝春秋

 夢枕 そうでしょう? 8回ぐらい言ってましたよね。

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 猿之助 何回「詫びろ」を言ったか数える番組もありました(笑)。

 夢枕 「詫びろ」の言い方が全部違うのがまたすごい。歌舞伎でも8回も言わないでしょう。本当に名シーンだなと思って。

 猿之助 伊佐山を演じるうえで、悪役に徹しました。『水戸黄門』といった時代劇には、悪役らしい悪役がいましたよね。最終的に絶対退治されるだろうというような。かつてはそうした勧善懲悪のドラマがあったけど、最近は悪役と主役が曖昧で白黒つかないストーリーが主流ですよね。ところが『半沢』の福澤克雄監督は「現代の時代劇にしたいんです」とおっしゃった。悪役は悪役に徹して、最後は徹底的にやっつけられる。歌舞伎の世界と通じるものがあるなと感じました。

 夢枕 半沢の上司たちのやり取りは、まさに悪代官と越後屋の密談の世界でしょう。料亭で差し向かいになって饅頭の下に小判をいっぱい入れて、「お前も悪よのぉ」という。観ていてドキドキしましたね。

 猿之助 ああいう役は演じていて面白いですね。今回の「新・陰陽師」でも、最初から道満を演じたいと考えていました。歌舞伎では晴明のような人物はなかなか難しいんです。

 夢枕 笑わない、怒らない、泣かないのが晴明ですから、演じる楽しさも少ないのかなと思いますね。

 猿之助 2013年に上演された歌舞伎「陰陽師 滝夜叉姫」は、歌舞伎の中でも新歌舞伎という手法を使ったんですけど、今回は古典に落とし込みました。

 夢枕 台本も読ませていただきましたが、現場で出たアイデアはどんどん入れていいと思いますよ。

 猿之助 サブタイトルにも「蘆屋道満宙乗り相勤め申し候」とありますが、本来なら晴明か将門なのに、なんで道満が宙乗りをやってるのかと不思議に思うでしょうね。これを見ただけでも、「10年前の歌舞伎と全く違うんだな」とお分かりいただけるはずです。

小学生時代に「いつか書く」

 猿之助 そもそも「陰陽師」をなぜ書こうと思われたんですか。

 夢枕 子供の頃から怪異の世界が好きだったんですよ。小学校高学年だったと思うんですが、『今昔物語』を読んだときに、この世界をいつか書きたいと思って。小学生の頃から小説を書いていましたから。その後、プロの作家としてデビューして、しばらく伝奇小説や、エロスとバイオレンスの作品ばかり書いていて、このままイメージが定着するのはマズいなと思ったんです。30歳を過ぎた頃かな。そこで「よし、陰陽師を書こう!」と思い立ったんです。

 猿之助 出自にも諸説あるし、安倍晴明は謎の多い人物ですが、作品を書く上での資料はどんなものがあるんですか。

 夢枕 主に『今昔物語』などの古典ですけど、非常に参考になるのが芸能の資料です。古くから安倍晴明は歌舞伎や文楽に登場していて、そうした資料のほうが具体的でイメージを膨らませるのに役に立つ。実は『今昔物語』も一次資料ではないんです。僕みたいな作家が平安時代あるいは鎌倉時代に書いたもので、一種のファンタジーなんですよ。

 猿之助 晴明の母・葛の葉は白狐だったとする伝説もありますし、晴明が式神(神通力をもつ鬼神)を使うのもファンタジーですよね。でも、歌舞伎では違和感なく、そうした世界観を演出できます。空を飛ぶと言ったら本当に宙乗りするし、何かを投げたら差金を使う。こうしたファンタジーは歌舞伎と本当に相性がいいんです。

市川猿之介氏、夢枕獏氏による対談「『陰陽師』の悪役を演じる」全文は、「文藝春秋」2023年5月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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「陰陽師」の悪役を演じる
「10年前の歌舞伎と全く違う」市川猿之助が演じる安倍晴明の“胡散臭いライバル”の魅力

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