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「10年前の歌舞伎と全く違う」市川猿之助が演じる安倍晴明の“胡散臭いライバル”の魅力

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四月大歌舞伎で上演されている「新・陰陽師」をめぐる、歌舞伎役者・市川猿之助氏と作家で原作者の夢枕獏さんの対談「『陰陽師』の悪役を演じる」(「文藝春秋」2023年5月号)を一部転載します。

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 平安時代を舞台に、陰陽師・安倍晴明が、親友の源博雅と共に幻術を駆使し、難事件に挑む。作家・夢枕獏氏が30年以上にわたり書き続ける「陰陽師」。これまで映画・マンガ・アニメといったメディアミックスが数多く展開されており、四月大歌舞伎では『瀧夜叉姫』を原作に「新・陰陽師」として上演されている(4月27日まで、歌舞伎座・昼の部にて)。脚本・演出を担うのは市川猿之助氏。さらに猿之助氏は晴明のライバルで老獪な陰陽師・蘆屋道満(あしやどうまん)も演じている。

 夢枕 お久しぶりです。10年以上前にラジオで共演して以来ですね。今回、猿之助さんが脚本と演出だけでなく蘆屋道満を演じてくださるということで、ぜひお目にかかって、お話ししたいと思っていました。

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 猿之助 私のほうも蘆屋道満は、先生の中でどんな位置づけの人物なのかお伺いしたかったんです。

10年ぶりの再会となった2人 ©文藝春秋

 夢枕 僕の小説では、蘆屋道満は帝の御前で晴明と方術比べをする敵役だけど、ただの悪役じゃない。軽妙洒脱というか、不思議と人を惹きつける性格の持ち主です。もともとの設定は、得体の知れない胡散臭い人物で、陰陽師としての実力はあるけれども晴明の敵役といったところだったんですが、だんだん愛着が出てきて。晴明と酒を酌み交わすシーンもあります。

 猿之助 史実では道満は公家なんですか。

 夢枕 それがよく分からないんですよ。古典だと陰陽法師(法師陰陽師)という呼ばれ方をしている。昔はあまり陰陽師と坊主(法師)の区別がつかなかったんです。坊さんより陰陽師のほうが稼げるから、両方やって、あちこち渡り歩きながらお金をもらっていたらしいです。

 猿之助 宮仕えで、いわば公認の陰陽師が安倍晴明で、陰陽法師である道満は朝廷の機関に属していないですよね。

 夢枕 そうです。道満は在野の法師という位置づけです。道満の出身地、播磨の国(現在の兵庫県)へ行くと、今でも道満は安倍晴明より人気がある。「忠臣蔵」でいう吉良町の吉良上野介と一緒ですね。

 猿之助 NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で怪僧・文覚上人を演じましたが、彼も人を呪い殺すような力をもっていて実に胡散臭い人物。道満と重なるところがありますよね。頼朝に偽の骸骨を渡して挙兵を促したり、世の中をかき回すだけ、かき回すという。

 夢枕 そう! 猿之助さんの文覚を見た時、まさに道満じゃないかと思ったんですよ。『鎌倉殿』の文覚は最終回に登場したかと思ったら、後鳥羽上皇の頭をかじったり、やりたい放題。猿之助さんが道満役と聞いた時にはピッタリだと思った。

 猿之助 公家の日記といった当時の資料でも、文覚は相当変わった人物だと書かれていると聞きました。

 夢枕 文覚は、天皇家だろうがどこだろうが平気で1人で乗り込んで、文句言うだけ言って「さあ殺せ」みたいなところがある。だから、道満は、あの文覚のように演じて欲しいと思ったんです。

 猿之助 監修の石川耕士さんとも相談したのですが、今度の歌舞伎では、世の中をかき回して面白くする道満の姿を描こうと思っています。平穏無事の世の中って面白くないですからね。