今年1月、第168回の選考委員会をもって、作家の北方謙三さんが23年にもおよんだ直木三十五賞の選考委員を退任した。
本誌の取材に対し、じつに3時間にわたり在任中は秘していた選考会の裏話と、死を覚悟した青年時代などハードボイルドな日々を語った。
退任した感想を単刀直入に尋ねると、「思った以上にホッとした」という。
〈作家の才能は一種の圧力、パンチ力となって、読む者へ衝撃を与える。直木賞の選考は半年に1回、候補作が5~6冊。だから選考委員を務めていると、半年に1回は強烈なパンチを、5発も6発も食らうことになるわけだ〉
〈重いパンチや鋭いパンチを、パンチドランカーになるんじゃないかというくらい浴びてきた〉
と、北方さんらしい比喩で、選考委員としての日々を振り返る。
「第二の北方謙三」を出さない
選考委員に就任したのは2000年、52歳のときだった。じつに意外なことに、北方さんは直木賞を受賞していない。しかし、それが就任を決めた理由でもあった。
〈(選考委員の就任を)打診されたとき、断ることも頭をよぎったよ。俺は3回、候補にはなっているが直木賞をもらっていない。恩義も借りもないから、「嫌だよ」と言うこともできた。
だが、そこで考えたんだ。俺には使命があるんじゃないか、と。「第二の北方謙三を出さない」という使命が〉
〈俺はもらわないまま選考委員を依頼される立場になったが、自分の力だけで名前を大きくすることがどれだけ大変なのか、その苦労は嫌というほど味わっている。
優れた才能には賞をとってもらい、そのまま大きくなってほしい。それが日本のエンターテインメント小説界のためだ。
その使命があるから、直木賞を取っていない俺が、選考委員に名を連ねる必然性があるだろう。そうした思いで引き受けた〉