座敷の真ん中で正座して
こうした思いが、初めて選考に参加した2000年7月の第123回選考会で爆発する。
〈東京・築地にある料亭「新喜楽」に設けられた選考会場へ入ったときは、気おくれするなんてものじゃなかった。選考委員はコの字に座るけど、76歳の黒岩重吾さんと、五木寛之さんが正面に座り、その左右に井上ひさしさん、渡辺淳一さんがいる。俺なんか小僧だよ〉
直木賞の選考では、選考委員が候補作に丸(1点)、三角(0.5点)、バツ(0点)をつけ、各自の評価を明らかにした上で、議論が始まる。
その議論を踏まえて再度、評価して、受賞作を決める最終的な議論が始まる。
このとき最初の評価で金城一紀さんの『GO』と、船戸与一さんの『虹の谷の五月』、そして、もう一作に絞られた。
ただし、北方さんが推していた船戸さんは3作の中では劣勢だった。
〈新人選考委員の俺は、賞のありようを考えた。直木賞は新鋭に与えられるもの。だから少しぐらい欠点はあっても、今後、大きく飛躍する可能性を評価するべきだ。このまま黙っていたら従来の直木賞の価値観の中で選考委員として生きることになる。言うべきことを言わないと、ものすごく後悔するだろうし、2、3年で辞めたくなるだろう。そう思ったのだ〉
そして北方さんは大胆な行動に出た。
〈最終的な結論が出る前に「ちょっと待ってください」といって、座布団を外し、座敷の真ん中に出ていって正座して、一気に思っていることを話した。
すると田辺聖子さんが「そうだ。船戸さんにやらなきゃいけないだろう」と賛成してくださった。「おせいさん」と親しまれた田辺さんだが、小説を論じるときは男っぽかった。
平岩弓枝さんが「私もそう思う」と続き、さらに田辺さんが「ここで船戸さんにやらないのは失礼だろう」と。お二人の言葉は本当に忘れられないね〉
〈すると津本陽さんは「う~ん」と唸り、渡辺淳一さんは「お前、よくしゃべるなあ」と半ばあきれ、黒岩さんと五木さんは表情が変わらず、井上さんはうつむいて笑みを浮かべていた。阿刀田高さん、同じく新顔だった宮城谷昌光さん、林真理子さん、全員の顔を覚えている〉