「追いかけ回せば人間が描ける」は幻想ですよね
大島 密着が苦手なんですよ。だって、自分がカメラに追い回されたら嫌でしょう。追い回していれば面白い画も撮れるかもしれない。でも、基本的に僕は「カメラは暴力」だと思っていて、被写体の負担はなるべく軽減したい。それでも、人の本音や言葉を引き出すことはできると思っていますし。
佐々木 僕も全く同意です。追いかけ回せば、人間が描けると思っているのは、幻想ですよね。『情熱大陸』の秋元康さんの回で印象的だったのが、秋元さんの板付きインタビュー。用意した場所に秋元さんに来てもらってインタビューをするというのは、あの番組では珍しいと思う。
土方 確かに、いかに不意打ち的な質問をして本音を引き出すかという、人物ものドキュメンタリーでは珍しいですね。
大島 あれは、秋元さんもテレビのプロですから密着したところで、うまくかわされるというか、分かっているじゃないですか。そうであれば、逆にきちんとしたインタビューをしたほうが、新しい言葉が引き出せるんじゃないかと思ったんです。
佐々木 大島さんっていつも、ちょっと意地悪というか、あえて変化球の質問を相手にぶつけるじゃないですか。そのための「板付きインタビュー」なのかなとも思ったんですが。
大島 そうですね。『情熱大陸』って「あなたが好きです。取材させてください」っていう質問の花束を渡すことを前提とした番組なんですが、それだけだと褒めるだけの、ちょっと気持ち悪いものになってしまうんです。だから、僕は花束の中にナイフを忍ばせておかないと気が済まない(笑)。きちんとしたインタビューシーンを入れたのはそのナイフをきちんと相手に示すためですね。
土方 秋元さんにはどんなナイフを見せたんですか?
大島 ピカソと広告代理店マン、人間のタイプとしてどちらが近いですか?という質問をしました。実は秋元さんの取材に当たって「80年代以降の日本のクリエイティブが“金を稼ぐこと=偉い”になったのは、あなたのせいじゃないですか?」というテーマを持って臨みました。ちょうど、秋元さんが作詞したCDの売上枚数が阿久悠さんのそれを上回ったと報じられた頃だったので、「阿久悠より秋元康のほうが偉いのか? それはないでしょ?」みたいな気持ちもあったんですよ(笑)。ちなみに質問に対する秋元さんの答えは、「ピカソになりたい広告代理店マンかな」でした。
佐々木 相当、尖ったナイフですよね(笑)。
大島 人物ドキュメンタリーは、その人のことが好きであればあるほど、うまくいかないことが多いです。「どうなんだ、この人」くらいが、うまくいく。
「土下座のシーン」はどうやって生まれたのか?
土方 僕はそこがどうも苦手で、質問のナイフは持っているつもりなんですけど、聞かなきゃいけないタイミングでブスッといけなくて、ビビっちゃうんですよ。批判精神が弱いというか……。それで、カメラマンとかに「いけいけ」ってケツ叩かれて行くっていうパターンがほとんどで(笑)。
大島 いや、そのキャラクターだから撮ってくるタイプですよ、土方さんは。『ホームレス理事長』では、ドキュメンタリーをやっている人間なら誰しもが「自分だったらどうするだろう」っていう場面があるんです。それは、土方さんが理事長に土下座されて借金を申し込まれるところ。ああいう瞬間を発生させてしまうところが土方さんのキャラクターのなせる業だと思うし、ちゃんとカメラが回っているのもすごい。
土方 あれは撮影期間が長かったので、理事長と僕の関係性も積み上がっていたことも大きいと思います。1カ月そこそこの取材では生まれない場面だと思います。
佐々木 どれくらいロケしたんですか?
土方 8カ月くらいですね。もちろん毎日撮影したわけではないですけど、素材は豊富だったんです。ただ、素材の量があればいいってものではなくて、うまくストーリーテリングできる編集の工夫が必要だと、いつも痛感してます。
大島 今はいくらでも撮影できますけど、昔は1時間番組のために5時間くらいしか撮影ができなかった。費用的にも物理的にもフィルムの制約がありますからね。ただ、その制約があったから嫌でも編集力、構成力が身についたというのはあるかもしれませんね。
佐々木 僕も若手の頃、尊敬する大先輩からとにかく「回すな、回すな」って言われて考えさせられました。さっき大島さんが「密着は苦手」とおっしゃったことと通じますが、被写体に負担をかけるような長時間取材をしないでも、構成や演出などの工夫次第で面白いドキュメンタリーは作れると思っています。