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小林 幸宏さんは『増殖』の前から知っていました。彼はYMOの前に加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンドをやっていたでしょ。70年代に彼らがクリス・トーマス(イギリスの音楽プロデューサー)と銀座の音響ハウスで制作をしていた頃、僕もほとんど毎日そこの別のスタジオに入っていて、たまに覗きに行っていたんだけど、いつも幸宏さんだけ会えなくてね。彼は当時すでに売れっ子のスタジオミュージシャンだったから、しょっちゅう他の仕事に出掛けていた。カッコいいドラマーだなあと眺めていました。鮎川さんも70年代末に福岡から上京してきた頃からの付き合いでしたね。

音楽が流れている限りその人は“ずっと生きている”

 同窓会に行くと友だちの数がぽつぽつと減っていく――親しかった人が亡くなるのはそんな感覚ですね。なかでも急に亡くなられると特にきついですね。

©文藝春秋 撮影/石川啓次

 ただ、これは僕だけの感覚かもしれないけれど、例えばラジオで1時間の音楽番組をやると、だいたい曲を10曲前後かけられるでしょ? その間は、その人が生きているとか死んでいるとか関係ないし、全く考えなくなる。つまり、音楽が流れている限り、その人はずっと“生きている”。僕の世界ではずっと生きているという感覚なんです。

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 それでも、何かの折に、不意に「あ、もう彼はいないんだな」と気付いて、ぐっとこみ上げる瞬間がある。それは辛い。幸宏さんにも鮎川さんについても、これからそんな瞬間があるのかもしれないね。

©文藝春秋 撮影/石川啓次

――そうかもしれませんね……ちなみに克也さんの健康管理の秘訣は?

小林 僕は喉も身体も生まれつき丈夫なのか、食事に気を遣っている程度。

小林の妻 (気を遣っているのは)私がね(笑)。塩分を控えています。漬物とか。

小林 年寄りは一見元気そうでも危ないんですよ(苦笑)。先日も親しかった同級生があっという間に亡くなってしまったし。この間なんて、一緒にゴルフに行った先輩が急に脂汗垂らして「あぁ~」とか言い出したから、これは絶対にヤバいと思って救急車に乗せたら何とか一命をとりとめた。先輩は「救急車のおかげで助かった」と言うけど僕のおかげだよね?(笑)。僕だって分からないよ?

――いやいや、克也さんにはまだまだお元気でご活躍いただきたいのですが、克也さんはラジオ界の現状について、どうお考えですか?

小林 うーん、いまラジオは危機に瀕していると思いますねえ……。(続きを読む)

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