「治療をやめて家につれて帰ろうと思います」
原は両親にはそれを正直につげた上で、闘い抜く覚悟を決めてもらおうと考えた。ある日、両親を呼び出して言った。
「病状は思ったよりも悪化していて、なかなか厳しい状態です」
「助からないということですか」
「このままだと数カ月の命やと思います。新たな治療もしますが、効果があるかどうかはわかりません」
ほとんどの両親は、どうか最後まで死力を尽くしてくれと頼んでくる。原もそのつもりで、今後の対処法を示そうとしていた。
ところが、両親は少し考えてから意外な返事をした。
「正直に言ってくださって、ありがとうございます。そういうことなら、ここで治療をやめて、この子を家につれて帰ろうと思います」
「え?」
「助からないなら一緒にいてあげたいんです。私たちが家で看取ってあげることはでけへんでしょうか」
原は耳を疑った。20年近く医師をしてきて初めて聞く言葉だった。どの家族もわが子を助けるために最後まで治療してくれと訴えるのに、この両親だけはそれをせずに家で一緒にすごすという……。
「ほ、本当ですか。ご両親の希望であれば、検討はしてみますが」
「これが私たち家族の希望です。どうぞお願いいたします」
家族みんなで充実した時間を
両親が覚悟を決めて自宅で看取ると言っている以上、医師が無理に引き留めるわけにはいかない。原は半信半疑のまま、退院させて経過を見る手はずを整えることにした。
病院を退院した後、両親は余命の限られた男の子を思い出づくりのために全国のレジャー施設へ家族で遊びに行った。限られた命ならば、病院に縛りつけておくより、楽しいことをたくさん体験させようとしたのだ。
まず近畿圏内のテーマパークや温泉に、さらに泊りがけで東京ディズニーランドへ行ったという。
原は外来診療でこの子を診ていたが、驚いたことに来院の度に表情が明るくなっていく。男の子も、先週はどこそこへ行って何々をした、今週は誰々とこれをするといった話を夢中でする。家族みんなが充実した時間をすごしているのがつたわってきた。
――こんな残された時間のつかい方があるんや。
原は家族の幸せそうな姿を見て感動を禁じえなかった。