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「私は爆弾でいたい」「誰かぎゅっと捕まえて」吉本新喜劇のスター女優・島田珠代(52)が芸歴35年を重ねて、あらためて気づいた自分の「根っこ」《山あり谷あり、沼地あり》

島田珠代さんインタビュー #2

genre : エンタメ, 芸能

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島田 両親はもともと大分県の出身で、父は大阪府大を出て貿易会社に勤めてたし、母も銀行員でした。結構エリートな家庭だったんですよね。父からは予備校の金出したるから大学行けって言われましたけど、プロの芸人さんや吉本の社員さんたちといっしょに劇場で頑張ってると、朝から晩までやることがたくさんあって予備校に通う暇なんてないんです。仕方ない、もうこの道一本でやっていくしかないって、次第に覚悟が決まっていきました。

Ⓒ文藝春秋/細田忠

――今のような芸風はいつ頃完成したんでしょうか。

島田 うーん。小学生の時からやってること変わってないと思うんです。人前に飛び出してやりたい放題やるって感じは、10代から変わってないと思います。これはもう私の体の癖なんですよね。舞台でよく「じっとせぇ!」ってツッコまれてますけど、車の運転しているときも足の動きに落ち着きがないみたいで、ポンピングブレーキが多いって同乗者によく怒られます。

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Ⓒ文藝春秋/細田忠

今田さんと東野幸治さんには足を向けて寝られない

――ネタ作りはどうなさってたんですか?

島田 女子高生の立場でパッと舞台に上がって、3分くらいバーッとギャグやってそれでおしまいという感じだったので、ネタを練るって経験をあんまりしてきてないんです。だから、私、構成力が欠けてるんです。起承転結がない(笑)。それで昔は今田耕司さんには怒られてましたね。「お前、ギャグはおもろいけど、それを繋ぐ構成力がないわ」って。それでも、1人で舞台に立ってるうちはまだそれでなんとかなってたんですけど、新喜劇に入ってからは随分怒られました。

――島田珠代も最初からスター女優ではなかったんですね。

島田 新喜劇は大前提でお芝居ってことですよね。「うどんでも食べよか」「雨が降ってきそうやな」ってほかの出演者が芝居をしているところにいきなり出て行って、突拍子もない動きをしたってダメなんです。ただ、私が新喜劇に出始めた頃に今田さんや東野幸治さんが座長をやるようになられて、お2人にはすごく救われました。「何やってもええで」「全部拾ったるから」って言ってくださったんです。おかげで自由にやりたい放題できました。お2人がいなかったら今の珠代はなかったかもしれない。足向けて寝られないですよね。

Ⓒ文藝春秋/細田忠

まとめるよりもかき回す役目をやりたい

――島田さんがお2人のように先輩、リーダーの立場にならなきゃいけない場面も多かったんじゃないですか?

島田 そうなんですけどねえ……。でも私、生涯いち出演者として動いていたいし、全力で壁にぶつかるギャグをやってたいんですよね。まとめるって役割は似合わへんくて。そういえばチャーリー浜さんも同じようなこと言ってはりました。まとめるより、かき回す役目にしてくれって。爆弾みたいなものですよね。

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