すべてが不思議に満ちていたクラレンス宮殿
チャールズ皇太子は公務もプライベートももっぱら「クラレンス・ハウス」で過ごすのが習わしだった。そこにフェイフェイが足を踏み入れてまず驚かされたのは、皇太子に仕える秘書やスタッフの多さだった。
皇太子の名前を冠した財団だけでも20以上。その他にも数多くの公務を抱える皇太子を支える秘書やアシスタントは80人以上いた。さらにその周りで働くスタッフは1000人を優に超える規模だった。
フェイフェイにとってクラレンス・ハウスはワンダーランドだった。すべてが不思議に満ちていた。全ては英国王室の権威を守るためにあり、皇太子が関心を寄せる事業を行い、民を安んじ、平和を希うためにあった。
与えられた仕事をこなすのに精一杯のフェイフェイだったが、接するごとに皇太子との距離が縮まっていくのがはっきりと分かった。宮殿の1階は公務用、2階と3階は皇太子家族のプライベート空間に分けられていたが、フェイフェイは皇太子の私的な場に招かれることもあった。仕事を通じ皇太子の人格や思想にも感化されていった。
皇太子の教えを学び、中国と英国王室とを結びつけて行く
秘書たちには与えられた仕事が終わり次第、レポートを提出することが義務付けられていた。皇太子はそのレポートにつぶさに目を通し、自らの意見や秘書に対する助言などを赤ペンで入れては戻すのだそうだ。こうしたやり取りを通じ、フェイフェイは皇太子の考えや思想を吸収していった。
一例を挙げよう。現国王のチャールズには40年以上におよぶ環境活動家としての顔がある。2021年、スコットランド・グラスゴーで開催された「COP26」(国連気候変動枠組条約第26回会議)の開会式での演説では「数十億年の進化をへた今、自然は私達の最高の教育者だ」と世界に訴えた。「諦めないでやり続けること、行動し続けることが重要。だから、私は今日も行動する」と、行動することの重要さを強調するのが皇太子の常だった。
フェイフェイは皇太子の姿勢に大きな影響を受けたという。皇太子もまた、事あるごとにアジアからやってきた青年に噛んで含めるようにこう諭した。
「根本的な問題は人間が自然とのコネクションを失いつつあること。自然の偉大さ、自然の難しさ、自然の危うさ……こうしたことを人間が学ぼうとしなくなってしまった。自然から学ばなければ、人間は根のない存在になってしまう。そうなると機械的な人間ばかりになってしまう」
フェイフェイは砂漠が水を吸収するように皇太子の教えを学んでいく。果敢な性格も相まって彼は、積極的にアジアと英国王室、中国と英国王室とを結びつけて行く。元々のきっかけをつくったデイビッド・タンも全面的に協力してくれた。タンは王室に不案内だったアジアの青年の最大の庇護者だった。