「テスラ」や「スペースX」で数々のイノベーションを実現し、昨年ツイッターを買収して世界を驚かせたイーロン・マスク氏。稀代の経営者はなぜ生まれたのだろうか。 

 

 世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』の評伝作家ウォルター・アイザックソンによる決定的評伝『イーロン・マスク』が9月12日に世界同時発売されることになった。本書の内容を紹介する。

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 世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』の評伝作家だからこそ、描くことができた本書。

 いま、世界で最も魅力的であり、かつ、世界で最も論議の的となっているイノベーターの赤裸々な等身大ストーリー。彼は、ルールにとらわれないビジョナリーで、世界を電気自動車、民間宇宙開発、人工知能の時代へと導いた。

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 そして彼は、つい先日ツイッターを買収したばかりだ。

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9月12日に世界同時発売される評伝『イーロン・マスク』 ©Art Streiber / AUGUST

 イーロン・マスクは、南アフリカにいた子ども時代、よくいじめられていた。よってたかってコンクリートの階段に押さえつけられて頭を蹴られ、顔が腫れ上がってしまったこともある。このときは1週間も入院した。

 だがそれほどの傷も、父エロール・マスクから受けた心の傷に比べればたいしたことはない。エンジニアの父親は身勝手な空想におぼれる性悪で、まっとうとは言いがたい。 いまなおイーロンにとって頭痛の種だ。このけんかのときも、病院から戻ったイーロンを1時間も立たせ、大ばかだ、ろくでなしだとさんざどやしつけたという。

 イーロン・マスクは、この父親と物理的にも精神的にも距離を置こうと努力してきたが、その影響から逃れられずにいるようだ。気分が明るくなったり暗くなったり、エネルギッシュになったりぼんやりしたり、感情が揺れ動いたり動かなくなったりと行ったり来たりをくり返すのだ。ジキルとハイドみたいに「悪魔モード」へ急降下して周囲に恐れられることもある。子どもに優しい点は違うが、そのほかの言動を見るかぎり、危険と戦い続けなければならない、母親の言葉を借りれば「父親と同じになるかもしれない」危険と戦い続けなければならないのだと思わざるをえない。神話でよく語られるテーマだ。『スター・ウォーズ』でも、ヒーローは、ダース・ベイダーが遺した悪魔を必死ではらい清めなければならない。フォースの暗黒面に必死であらがわなければならない。

 このあたりから、マスクは宇宙人のようなオーラを放つようになったのだろう。人類の火星移住をめざすのは故郷に帰りたいからではないか、人型ロボットを作ろうとするのは自分に似た存在が欲しいからではないかとまで思えたりするのだ。だが同時に、こういう子ども時代を過ごしてきたからこそ、すごく人間的になったのではないだろうか。たくましいのに傷つきやすく、子どものような言動をくり返す男に成長し、ふつうでは考えられないほどのリスクを平気で取ったり、波乱を求めてしまったりするようになったのではないだろうか。さらには、地球を救い、宇宙を旅する種に我々人類を進化させようと壮大なミッションまでをも抱き、冷淡だと言われたり、ときには破滅的であったりする常軌を逸した集中力でそのミッションに邁進するようになったのではないだろうか。

 マスクはおかしな側面を隠す情熱を宿すとともに、逆に、情熱を隠すおかしさも宿している。大柄で、選手になるほどスポーツに打ち込んだことがない人にはよくあることなのだが、マスクも自分の体を持て余しているようなところがあり、使命を帯びたクマかと思う歩き方をするし、ロボットに教えてもらったのかと思うジグを踊ったりする。

「南アフリカで彼のような子ども時代を過ごしたら、感情をシャットダウンする術を身につけるしかないと思います」と最初の妻で、存命の子ども10人のうち5人を産んだジャスティンは言う。「ばかだまぬけだと父親に言われ続けたら、感情が爆発してどうしようもなくなる前にすべてを殺すしかないでしょう」

 感情遮断弁があるからイーロン・マスクは冷淡だと言われるのだろう。だが、これがあるから積極的にリスクを取るイノベーターになれたとも言える。ジャスティンは次のようにも語っている。

「恐れも遮断できるんです。でも、恐れを遮断するには、喜びや共感などほかのものも一緒に遮断しないといけないのでしょう」

 子ども時代の経験から、マスクは、満たされるのを忌避するようにもなってしまった。