新海 僕がはじめて韓国を訪れたのは『雲のむこう、約束の場所』(2004年)を作ったときで、ソウル国際マンガ・アニメーション映画祭に呼んでいただいたんです。やはり、その時点でもファンの方がいらっしゃって、インターネットなどを通じて僕の作品に触れていたようでした。
中国と韓国で印象的なのは、「小学生で『君の名は。』、中学生で『天気の子』を見て、いま高校生で『すずめの戸締まり』を見に来ました」とか「どの作品も違う彼氏と見ました」といった声が多いんです。小学校、中学、高校、大学と、10代の各ステージに僕の映画がリンクしていて、3年に1回のイベントのようになっているんだなって。「いくつのときに『君の名は。』を見て、いまは高校生です」とか「いまは大学生です」みたいな話をしてくれるファンが、どちらにも多いんですよ。
ーー人生で最も多感な時期に作品を見てもらって、その後も追ってもらえるのは監督冥利に尽きますね。
新海 そうですね。でも、彼らにはそうした作品がきっとほかにもいっぱいあるんですよ。僕自身もかつては宮崎駿さんの新作をずっと待っていたし、『風の谷のナウシカ』の原作なんて何年も待ちました。その間には『機動戦士ガンダム』なども見ていたし。そういう昔の僕のような状況で、大きなお祭りとして捉えてくれるのは嬉しいですし、そうなったのも作品を作り続けてきたからだなと思います。
あと、作品の打ち出し方についてはうちの会社(コミックス・ウェーブ・フィルム)の方針もあって。「海外のアニメのマーケットは必ず大きくなっていくから、いきなり興行などを大きくやらずに、まずはファンの方たちと丁寧に向き合うことからはじめていこう」と。これは僕ではなく、社長の川口(典孝)や海外担当の人間の判断だったんですけど、結果的に良かったと思います。
「東日本大震災」というテーマの受け止められ方
ーー『すずめの戸締まり』は、東日本大震災が大きなテーマになっています。そこを中国と韓国の観客は、どう受け止めていると感じましたか?
新海 僕はどの国でも上映後の舞台挨拶に出たときに、海外の観客のみなさんにいろいろなことを話すんですが、そこで、2011年に実際に起きた東日本大震災がこの作品のベースにあることや、東北地方を地震と津波が襲って住んでいた場所に住めなくなった人がたくさんいること、すずめのような人たちが本当にたくさんいることを伝えるんです。すると、それを聞いた瞬間に「え、そうだったの!?」と観客のみなさんが息を飲んでいるのがわかるんですよ。
「建物の上に載っている船を劇中で出したのには、こういう理由があって」と続けると、ものすごく真剣に聞き入ってくれるんです。さらに「東日本大震災のことを覚えてる方はいらっしゃいますか?」と聞くと、どの国も観客の3割ぐらいの人しか覚えていない。観客のなかには、映画を見たあとに記事やレビューなどを読んで東日本大震災のことを知り深堀する人もいるでしょうけど、多くの人は、まずはその事実とは関係なく、純粋なエンタテインメントとして見てくれたんだなという感覚です。
ーー日本でも若い観客となると、東日本大震災といってもピンとこない人もいるでしょうし。
新海 いまの日本の10代のほとんどは、東日本大震災の記憶がないわけですからね。日本でも若い世代が「あ、こういうことが日本にあったんだね」というところも含めて、見てくれたのかもしれないなとは思います。『すずめ』はどの国でも若い世代の間で広がっていった感覚があるのですが、日本の場合はそれに加えて年長者に届かなかった部分も強くあったんじゃないかなという実感もあって。震災の記憶がある世代は「思い出したくない」「見たくない」と思われた方が少なくないと思います。
アジアで日本のアニメがヒットしている理由
ーー中国と韓国でメガヒットとなりましたが、そもそも日本のアニメはアジアでは受け入れられやすい土壌があると思いますか。
新海 単純に日本のアニメに馴染んでいるんですよね。たとえば『ドラえもん』だったら、どこの国の作品なんてことは気にせずに見ている。中国のアニメ・ファンも韓国のアニメ・ファンも、日本の子供向けアニメを見ながら育ってきて、その延長線上に僕の作品のようなオリジナルの劇場アニメーションもあれば、ジブリ作品もあれば、『スラムダンク』をはじめとした「週刊少年ジャンプ」のIP(Intellectual Property=知的財産)ものもある、といったことじゃないかなと。