「えっ、今永(昇太)がそんなことを言っていたんですか!?」

“ハマのガッツマン”ことベイスターズの桑原将志は、そう言うと驚きの表情を見せた。そして頷くと「ははは」と、はにかんだように笑った。

 今永と同学年の桑原だからこそ直言することのできる戒めの言葉。ともにキャリアが長くなったふたりには、互いをリスペクトする想いがある――。

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今永が調子を取り戻すきっかけとなった桑原の一言

 この春に話題になった、今永がWBCでダルビッシュ有から授かった次の言葉。

「ダルビッシュさんは『まわりが自分にかけてくれる言葉も大事だけど、自分が自分にかけてあげる言葉も大事にしなきゃいけない』と。不甲斐ないピッチングがつづけば、まわりからは批判や前向きではない言葉が多くなっていきます。『けど、それは自分じゃない誰かが言っていることであって、同じことを自分がしてしまえば、自分を許してあげる存在がいなくなってしまう。だから自分がかけてあげる言葉を大事にしなきゃいけないし、自分もそうすることでよくなった』と、アドバイスをいただいたんです」

 まさに金言。これは野球選手ばかりではなく、日々生活をしながら人生を歩む私たちにとっても非常に役に立つ教えである。

 この言葉を聞いて、ふと思い出したのが、昨年7月に今永本人が語っていた以下のようなコメントだ。

「クワ(桑原)に言われたんですよ。『自分で自分のことだけは馬鹿にするな』って」

 この時期、今永は調子が上がらず敗戦を重ねていたのだが、あまりの不甲斐なさから自嘲するように仲間たちに愚痴をこぼしていた。それを見かねた桑原からの一言だった。

 指摘された今永は次のように感じた。

「すごく、いい言葉だなって……」

 桑原の一言は心根に響き、その後、これが直接的な要因ではないにせよ、今永は調子を取り戻していった。

今永昇太(左)と桑原将志(右)

 ダルビッシュが語った「自分を許す」こと、そして桑原の言った「自分を馬鹿にするな」という言葉には、どこか強い親和性が感じられる。

 なぜ桑原は、今永にそんなことを言ったのだろうか?

 この問いに対する桑原の反応が、冒頭の言葉だ。キャンプの時期に訊いたのだが、桑原は今永がそんなことを言っていたのを、まったく知らなかった。

「だって誰が見ても横浜のエースであることは変わりないし、もちろん今永が本意で言っているとは思わなかったけど、でもそんなことを言っている姿は見たくはなかったんですよ。自分の立場を理解しているはずだし、常に勝ちを求められる選手。まあモヤモヤはあったと思うんですけど、そういう発言はして欲しくはなかったんです」

 そうシリアスな口調で桑原は言うと、次の瞬間、表情を緩めた。

「本当、影響力のある人間なんで。僕なんかと違って」

 いやいや、桑原もチームにとって必要不可欠な選手であることは間違いない。

「今永の方が全然チームを引っ張ってくれるんで。僕なんかが言える立場じゃないし、逆に何かスミマセンって」

 照れたような笑みを浮かべて、自嘲ではなく謙遜しながら桑原はそう言った。エースの看板を背負う今永と、チームへの想いを感じずにはいられなかった。