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「おじさんを転がせない女性社員」の顛末。“あの日”に戻ってやり直したいこと

2023/06/04

source : 提携メディア

genre : エンタメ

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同僚の誰もが戸惑う中で一人が彼に事情を聞くと、正社員登用は難しいと判断して、その日の朝にそれを告げたのだと彼は言った。それにしたって、誰にも挨拶の機会も与えずに? あなたが雑な採用で、安定した企業に勤めていた彼女に前職をやめさせたのに? 普段はノイズキャンセリングイヤフォンとポーカーフェイスで職場の罵声を遮断していた若手エンジニアも、このときばかりは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。同僚みんなで近所の居酒屋に行って、お通夜みたいに押し黙ってビールを飲んだ。

「面談」のカレンダーについて、その後わたしと彼は一言も話さなかった。先輩が、あれ俺がこっそり消しておいたから、と教えてくれた。

※画像はイメージです

わたしは労働を続けた。本当はあのときバチバチにがなり倒して、相手の頭でもはたいてあんなオフィスに二度と出社しなければよかったのだと思う。自分の立場が守られて安堵するような余裕はなかった。ただただ虚脱していた。いっしょに仕事をしたい著者と、続けたい連載のことを考えるので、頭がいっぱいだった。

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その後「人間の転がし力はあるがそれ以外のビジネススキルが皆無の人」が採用され、その人に「わたしが過去の経験を生かした長編小説を書いたら芥川賞とれること間違いなしなのであなたに担当編集をしてほしい」と言われたり、その人が編集者ではないのに勝手に連載のオファーを出してしまった著者への謝罪や尻拭いに追われたりするうち、時が過ぎた。わたしは狭い職場にとらわれている自分、人を見る目が信頼できない人の人事権と評価に生活を制限されている自分が、やっとばかばかしく思えてきた。

編集業そのもので悩むのはいい。しかし今ここで仕事をしていると、それができない。何もうまくいかなくてあとから「ほら見ろ」と言われるかもしれないけど、転職してみよう。自分が立ち上げた連載に書籍化のオファーが来て、外部の編集者と仕事をするうちに「もしかして仕事ができるからって、世の中あんなふうに怒る人ばかりではないのでは」「というかわたしもそこまで仕事ができないわけではないのでは」「女性編集=おじさん転がしスキルというのもおかしいのでは?」と当たり前すぎることに気づけるようになったのもある。それでも同じ職種への転職は何か禍根を残す気がして怖くて、編集者ではないことがやりたくなったので、と言って退職した。彼女が去ってから、3年半経った冬のことだった。

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