奴は直ぐ側まで来ているはずだ。高柳さんは静かな森で神経を研ぎ澄まし待ち構える。しかしなかなか奴は現れない。時間からすれば来ているはず、これは気づかれたか? 急いで確認すると案の定、奴は斜面を降りて林道に出たらしい。車の轍を踏んで新雪に足跡を残そうとしない賢さだ。しかし川に降りたと判断して追跡する高柳さんはついに奴の姿を捉え“ぶった”のである。改めて見るととんでもない大きさだった。とても一人で運べる訳がなく、知り合いに電話をして手助けを頼んだ。
「6人連れて来いって言ったんだけど、来たのはたった一人。そんなもんじゃ運べねえって言ったのに」
人間二人の力ではびくともしない巨体は滑車をふた組使って徐々に動かし、何とか軽トラまで運んだのである。
苦労して回収した奴は何と190kgの大物だった。若い頃に前足を撃たれたらしく、そのせいで左右の長さに若干の差がある。用心深い性格はそんな経験からきたものかもしれない。3年間追い求めた奴との勝負は終わり、高柳さんは少し寂しい気もするのだ。
「振り向いたら黒い塊がいきなり…」
・クマとの遭遇方法 その2 落ちてくる
クマが木登り上手なのはよく知られている。カキやクリの実を食べたり、のんびりと枝の上で寛いだりする姿を見た猟師はいるだろう。石川県白山山麓の猟師、長田泉さんがマイタケ採りに行った時のことだ。リュックにたくさんのマイタケを入れて山を歩いていると真後ろでドサッと音がした。
「振り向いたら黒い塊がいきなり飛び掛かってきたんです」
事前に全く気配はなかった。まるで天から降ってきたようなクマといきなりの格闘である。致命傷を負わないように防御しながら長田さんはピッケルで反撃。
「普通はピッケルを持って山には行かないんですよ。この時はたまたま知り合いから貰ったのを持参していたんです」
クマの執拗な攻撃、長田さんはクマと共に沢に転げ落ちる。しかし何とかピッケルでクマに致命傷を与えるとナイフでトドメを刺した。しかし体は大丈夫だったのだろうか?
「いやあ今でも左肩がまだ痛いんですよ。後ろに首が回せなくなって……」
戦いには勝ったが後遺症は残っているそうだ。
秋田県阿仁町の松橋孝則さんも秋の山で怖い目に遭っている。比立内地区でもマイタケ採り名人として知られる松橋さんが大量のマイタケを背に山を下りる途中のことだ。
「朝から奥山さ行ってるから疲れてなあ、大きな木の下で休憩してたんだあ。タバコ吸ってたら何かが頭の上さ“ボタボタ”って落ちてきてなあ」