完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』(ヤマケイ文庫)より、日本各地の狩猟の現場を長年記録してきた著者の田中康弘氏が綴った、ツキノワグマの猟について紹介します。(全2回の2回目/前編から続く)

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ツキノワグマと人

 ツキノワグマは非常に憶病で大人しい性格だと長年いわれてきた。奥山の開発や乱獲で急激に数を減らしていると考えられた時期もある。しかし最近は人里に平気で出没し個体数も実は減っていないのではないかという意見も多いのだ。その生態や行動に依然謎の多いクマと各地の山人はどう向き合ってきたのだろうか。

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・クマとの遭遇方法 その1 追跡

 クマを手に入れるにはその痕跡を探ることから始まる。爪の跡、杉の皮剝ぎ、糞、そして最も重要なのが足跡だ。特に降り積もった雪に残された新しい足跡ほど存在を感じられる痕跡はないだろう。群馬県みなかみ町のベテラン猟師で山の達人である高柳盛芳さんに3年が掛かりで仕留めた大物クマとのいきさつを聞いた。

ツキノワグマ ©AFLO

「あれは確か12月7日の初雪の時だなあ。場所は奈良俣のほうだったよ。でかい足跡があってなそれで追ったんだ」

 足跡からすればかなりの大物である。慎重に追跡したがどこまで行っても姿を確認することができない。結局その時は銃を構えることはなかった。

「警戒心が凄く強いんだろう。罠には絶対に掛からねえ、賢いんだな。こっちも初めての奴だから行動パターンが全然分からなくて逃がしてしまったよ」

 翌年の猟期を迎え高柳さんは奴との出会いを期待した。非常に賢い奴だから誰も獲ってはいないはずだ。仕留めるなら俺しかいない。そんな気持ちで雪が降るのを待ちわびる。

 そして……。

「またでかい足跡があってずーっと追いかけたんだけど気取られたんだな。俺を巻くつもりであちこちふらふらするんだ」

 この時も奴の姿を確認することはできなかった。しかし行動パターンを読み取った高柳さんには次で仕留める確信をもったのである。

 そして翌年の猟期、待ちに待った新雪が奴の存在を知らせてくれた。

「間違いなく同じクマだ。もう歩くコースは分かっているからな、先回りして絶対にここに来るって所で待ったんだ」