どうしたんだろ、エンゼルス。MLB中継を観ている視聴者の何割かは、驚きと戸惑いを覚えている。
大谷翔平がホームランを放ち、三振の山を築いても、リリーフ陣が崩れて連敗。これが毎年続いた。
なのに五月二五日(日本時間)に対レッドソックス戦を三連勝で飾ると、貯金は五となった。この球団ってこんなに強かったの?
勝ち方も危なげない。前日は初回に先頭打者の若手ミッキー・モニアックが本塁打を放ち、投手陣の継投も成功して無失点だ。
そして三連戦の最終日には、ルーキーの九番、ザック・ネトが二回に三点ホームランを放ち大差をつけた。そう、大谷くんとトラウトだけじゃないんだよ、いまのエンゼルス。
ネトがマイナーの2Aからいきなりメジャー昇格したのが四月一五日だ。
メジャー初日のネトを目にして、何か初々しい気配が漂ってきた。右投げ右打ち。バットを構えると、左脚を高く上げるフォームは珍しい。顔もシュッとしたハンサムでね。
デビューから二試合はノーヒットだが、守備が巧かった。遊撃手だけど、ヒット性の難かしい打球を捕えると、6→4→3の送球でダブルプレーだ。
おまけにデビューから一五試合で、なんと七死球。MLB新記録だ。中継を観てたとき、解説の武田一浩か今中慎二が「なんで、よけないのかな。あれ、よければ当たりませんよ」と、投手出身者らしいボヤキを口にした。ネトにすれば「死球でもヒットと同じ。一塁に進める」の思いがある。
MLB中継の面白さのひとつは解説者の語りだ。特に武田さんはボソボソした口調で、アナウンサーの話にも「いや、それは違うんです」と持論を述べる。武田さんの喋りを嫌うタイプも多いが、私のように彼の説得力ある分析の虜になっている視聴者もいる。
ともかくネトの容貌とフォームを見たとき、新風が吹いたと、私は感じた。村上春樹は二九歳のとき、神宮球場のヤクルトvs広島戦で、ヤクルトのデイヴ・ヒルトンが先頭で二塁打を放ったときに小説を書こうと思いたったという。
彼は書いている。七八年四月一日の神宮球場。芝の上で寝そべりながらビールを飲んでいると、最初の打席に彼が入った。「バッターボックスの中で、まるでしゃがみこむように不器用に身を折り曲げ、まっすぐに立てたバットのヘッドをぐるぐると回しながら」投手を睨みつけた新加入の先頭バッターは鋭いヒットを放ち、野手がボールに追いついたときには二塁に到達していた。このとき村上は小説を書こうと思った。
ネトとモニアックの活躍で、ヒルトン新加入の年にヤクルトが初のリーグ優勝を決めたような奇跡が起きると楽しいのだが。
INFORMATION
『MLB2023』
NHK BS-1 中継
https://www3.nhk.or.jp/sports/program/mlb/