ドラッグと共に麻薬を意味するスラングとして海外で広く使われている「ナルコス」。世界の麻薬マーケットを紐解くと、カネと暴力がひとつの線で繋がっていき…。
30年以上、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に勤め、薬物犯罪捜査の一線で活躍した瀬戸晴海の新刊『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図 』より一部抜粋。海外の捜査関係者が驚いた“ニッポンのヤクザ”とは――。(全2回の2回目/前編を読む)
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海外の捜査官が困惑するヤクザという存在
そもそも海外にはヤクザという言葉に置き換えられるような言葉は存在していない。暴力団はあくまでも法令用語であり、ヤクザたちは自身のことを暴力団とは呼ばない。ヤクザ、任侠という概念は海外の言語に訳しづらいものではあった。
さらに彼らは日本のヤクザについて幻想に近いイメージを抱いているケースが多かった。日本刀を手に持ち、相手に向かっていく。多くは語らず、己の感情も決して表には出さない。義理堅く、自己犠牲の精神を強く持つ。それが海外が想像する日本のヤクザ像だった。恐らくは高倉健出演の『ザ・ヤクザ』や松田優作出演の『ブラック・レイン』などの映画の影響が大きかったと思う。刺青も機械彫りではなく手彫りで丹念に入れる。それ一つとっても海外の人間から見ればヤクザの姿は神秘的に映るのだろう。
それゆえ、海外の捜査官(以下、エージェント)たちは日本のヤクザに興味津々だった。たとえば南米の麻薬カルテルなどの犯罪組織は反政府勢力が大半を占める。しかし、ヤクザはそれら組織には該当しない。この時点で大抵のエージェントたちは首を傾げる。
昔のヤクザは警察権力に迷惑をかけはしない、弱いものを助ける、道の真ん中は歩かずに譲ると自負していた。ヤクザは名刺を持っている。そんな特徴を羅列するほどエージェントたちの顔はみるみる険しくなっていく。海外のカルテルと毛色も性質も違うヤクザの習性はまったくもって理解ができないのである。
ちなみにヤクザの基礎知識すらない若いエージェントの最初の質問は「ヤクザと忍者は関係があるのか。彼らは手裏剣を持っているのか」である。いかにエージェントたちへの説明に私が苦労していたか、この問いかけだけでもご想像いただけると思う。
海外の麻薬取締局から見れば日本のヤクザとそれを取り巻く日本の環境はきっと不思議の連続だったに違いない。