ドラッグと共に麻薬を意味するスラングとして海外で広く使われている「ナルコス」。世界の麻薬マーケットを紐解くと、カネと暴力がひとつの線で繋がっていき…。

 30年以上、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に勤め、薬物犯罪捜査の一線で活躍した瀬戸晴海の新刊『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図 』より一部抜粋。1970年代、著者が近畿厚生局麻薬取締部に配属されたばかりのころのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)

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マトリに裏をとってから同士討ち

 近畿厚生局麻薬取締部に配属され、捜査に明け暮れていたある時、私宛に一本の電話があった。このころ、捜査員の先輩について毎日のように西成を歩いていたため、私の名前を知った誰かが電話をかけてくることは珍しくなかった。電話の主は山口組のある四次団体の人間だった。

「瀬戸さん、あの組にガサ入れしましたか」

 何かと思えば、捜査に関する電話である。男は特定の組の名前を出して、そんな質問を投げかけてきた。

©AFLO

「知らんわ。なんでそんなこといちいち聞いてくんねん」

「ほな、あそこのビルの2階部分のシャブ屋はガサ行きましたか」

「だから、知らん言うとるやろ。何も答えられへん。捜査機関に対してあんた、何を考えとんねん!」

「ほな、よろしいですわ」

 そう答えると男は電話を切った。やり取りは確かにこれだけだったが、その後、西成のシャブ屋が何者かに襲撃されたと連絡を受けた時は耳を疑った。襲われた密売所は先ほど男が電話口で確認していたまさにその場所であった。男は犯行直前、私に電話をかけ、ターゲットとなる場所にガサ入れが入っていないかを事前に確認した上で襲撃したのである。

 さらに驚いたのは襲われた密売所もまた山口組の末端組織系列という点だった。もちろんのことだが、山口組が同じ傘の下にいる組を狙うのはご法度である。これには捜査官の我々も頭を抱えるしかなかった。誰が敵か味方か。捜査員は元よりヤクザ自身もわからなくなっている証だった。