ジャーナリストの大西康之さんによる「チャットGPT アルトマンの『個人情報』」を一部転載します(文藝春秋2023年7月号より)。
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3億人分の仕事がAIに……
5月20日、ウクライナのゼレンスキー大統領が電撃的にG7サミット開催中の広島を訪問。ウクライナ情勢をテーマにしたセッションに参加し、各国首脳に支援を訴えた。
広島サミットにはウクライナ情勢と並び、もう一つの重要なテーマがあった。Chat(チャット)GPTに代表される汎用的な人工知能(AI)の活用と規制をめぐる議論だ。
チャットGPTは「対話型AI」とも呼ばれ、人間が発する質問に対して驚くほど流暢な答えを返す。日本語にも対応していて、誰でも使える無料版を試してもらえば分かると思うが、あたかもネットの向こう側に知性と人格を備えた「誰か」がいるような感覚を覚える。
各国首脳は、担当閣僚による枠組み「広島AIプロセス」を立ち上げ、AIの開発や利活用、規制などについて議論。G7主導による国際ルールづくりを急ぐことで合意した。岸田文雄首相は「『人間中心の信頼できるAI』を構築するためにも、国際枠組みの早期設立に向けて協力を得たい」と呼びかけた。
なぜ、世界はチャットGPTを恐れるのか。それは現在の経済の仕組み、特に仕事のあり方や、人々の価値観を根底から揺るがす可能性があるからだ。
米金融大手のゴールドマン・サックスは3月26日、チャットGPTをはじめとする対話型AIが労働市場に与える影響についてのレポートを公開したが、内容は驚異的だ。
「アメリカとヨーロッパにおける現在の仕事の約3分の2がAIによって自動化される可能性があり、とくに生成系AIは現在の仕事の約4分の1を代替する」
ゴールドマン・サックスは労働人口換算で3億人分の仕事がAIに代替されると見積もった。
あまりにも急激な進化は、コンピュータによる人類への叛逆、というSF映画の世界を想起させる。
AI研究の第一人者で、カリフォルニア大学バークレー校コンピュータサイエンス学部教授で、同校の人類互換人工知能センター(CHAI)の創設者でもあるスチュアート・ラッセルはこう語る。
「人間の設計者がAIに埋め込んだ効用関数(エネルギー、情報などの効用を数値に置き換える関数)は、非常に定型化が難しい人類の価値観と完全に合致しない可能性がある。十分に有能なAIシステムは自己の存続を確保し、物理的な計算資源を獲得することを望む」
自分を停止させようとする人間をAIが殺そうとするのが『2001年宇宙の旅』であり、計算資源のエネルギーを獲得するためAIが人間を発電機として使うのが『マトリックス』だ。SF大作のストーリーが、チャットGPTの登場により、いきなり現実のものとして我々の眼前に突きつけられたわけだ。