あの騒動からもう20年になる。2003年6月29日、宝塚記念。ヒシミラクルの単勝を1222万円買い、1億9918万6000円の配当を手にした人物をめぐる騒動である。

 ことのはじまりは前日の土曜日、午前11時ごろだった。場所は東京・新橋にあった場外馬券発売所、ウインズ新橋。ひとりの中年男性が高額馬券払い戻しの窓口に現れ、3週間前の安田記念の単勝馬券130万円分をさしだした。的中馬券は9・4倍で、払い戻される金額は1222万円になった。ここまでは、そういう人もいるんだな、とうらやましく思う話なのだが、その男性は払い戻した金をすべて宝塚記念のヒシミラクルの単勝に賭けるのである。

ヒシミラクルと鞍上の角田晃一騎手(2003年天皇賞・春) ©時事通信社

「サラリーマン風の中年男性」がヒシミラクルの単勝に1220万円

 ヒシミラクルは前年の菊花賞を10番人気で、2か月前の天皇賞(春)も7番人気で勝ってファンを驚かせていた。しかし、菊花賞から天皇賞の間に3戦して、有馬記念11着、阪神大賞典12着、大阪杯7着と、穴として狙うにはおもしろいが、大勝負はしづらい馬だ。

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 それにくわえて、この年の宝塚記念は前年の年度代表馬シンボリクリスエスをはじめ、皐月賞、ダービーを勝ったばかりのネオユニヴァース、安田記念に勝ってGⅠ6勝のアグネスデジタルなどの強豪が顔を揃えていた。また、3000m以上でGⅠ2勝のヒシミラクルには宝塚記念の2200mはちょっと短いのではないか、というのが一般的な評価だった。

 そのヒシミラクルの単勝に1222万円も投入されたことで、一時、オッズは1.7倍まで急下降した。全国のウインズや競馬場で宝塚記念の前売り馬券を買っていたファンは大騒ぎになっただろうと思う。

 なにが起きたんだ!? 

 マスコミはJRAに問い合わせ、翌日のスポーツ紙はこの“事件”を大きく報じた。「サラリーマン風の中年男性」が、前述したように、ウインズ新橋でヒシミラクルの単勝馬券を買ったためにオッズが下がったということだった。

©文藝春秋

三度めのミラクルで賞金より多い配当をゲット

 宝塚記念当日、阪神競馬場にいたわたしも、知り合いに会えば、あいさつよりも先にこの話になった。それでも、レースのパドックがはじまると、有馬記念以来のレースになるシンボリクリスエスの状態はどうかとか、3歳のネオユニヴァースは古馬相手で通用するのかとか、ヒシミラクルに大金を投じた人物のことなど忘れ、いつものように馬券検討に没頭していた。