ところが、ヒシミラクルは勝つのだ。中団のうしろから外をまわって進出すると、直線で前にいたシンボリクリスエスやタップダンスシチーらをねじ伏せ、さらに外から追い込んできたツルマルボーイを首差抑えてゴールインする。菊花賞、天皇賞につづく三度めのミラクルである。
ゴールの瞬間、多くのファンは1222万円の単勝を買ったという人物のことを考えたのではないか。もちろん、わたしもそうだった。最終的にはヒシミラクルの単勝は6番人気で16・3倍に落ち着いていたが、一緒にレースを見ていた人は、配当が発表されるとすぐに計算して言った。
「賞金より多い……」
その年の宝塚記念の優勝賞金は1億3200万円。話題の馬券師は、優勝賞金よりも多い配当を手にしたのだ。
マスコミの「2億円男」の捜索がはじまった
さあ、大変だ。月曜日のスポーツ紙はヒシミラクルの勝利を伝える記事と2億円の馬券をとった人物の話でにぎやかだった。
いったいどんな人なのか――。
マスコミの「2億円男」の捜索がはじまる。その対応に追われたJRA広報部は、払い戻しに現れても「プライバシーに関わることなので、発表はできない」と答えるしかない。
インターネット上では「神」とか「ミラクルおじさん」ということばが飛び交い、男性は競馬ファンの夢を体現したヒーローになっていた。さらに、ダービーでネオユニヴァースの単勝(2・6倍)を50万円買えば130万円になり、それをそのまま安田記念のアグネスデジタルの単勝に転がしたのではないか――。そう推測する人もいた。たしかに、数字上のつじつまは合うし、夢もある。ただ、仮にそうやって単勝を転がしてきたとしても、恩義のあるネオユニヴァースやアグネスデジタルがでている宝塚記念で、まったくべつの馬に1222万円を賭けるセンスというか、博才には恐れいる。まさしく「ミラクルおじさん」は「神」だ。
スポーツ紙やネットだけなく、一般紙でも話題の人に
2億円近い払い戻しには税金はいくらかかるのか。よけいな心配をするスポーツ紙もあった。それらの記事によれば、課税の対象になるのは9300万円超ということで、この人物が平均的な中年サラリーマンだとすると、930万円超の所得税が課せられるのではないかということだった。
また、馬券の最高額は1枚50万円だから、その人物は50万円の券24枚と22万円の券をもっている。50万円券の払い戻し額は815万円で、1枚ずつ換金すれば大騒ぎにならずに払い戻せる。そんな世話を焼くスポーツ紙もあった。