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「俺はやっぱり孤独だなって」浅田次郎が映画監督・前田哲に吐露した小説家のホンネ《映画『大名倒産』秘話》

「俺はやっぱり孤独だなって」浅田次郎が映画監督・前田哲に吐露した小説家のホンネ《映画『大名倒産』秘話》

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頭脳ではなく「器量」が大事

 前田 僕は、そういうどうでもいい制度や慣習が延々と残り、なかなか打破できないところが今の日本にも通じるのではと感じたんです。凝り固まった社会の中でいかに思い切って革新的なことをしていくかという、未来に向けた小説なのではないかと思いました。

 浅田 結局、今も昔も改革をなし得る人に最も必要な素質は、頭脳でも政策でもなく、「器量」なのでしょう。「器」というかね。会議なんかでも、この人が発言している間は誰も口を挟めないという、ある種の圧力を感じさせる人物がいますよね。あれこそ、器量。江戸時代でいえば、享保の改革を断行した八代将軍徳川吉宗が最たる例です。彼も小四郎のように「よもやまさか」で将軍になった人なので、さまざまな経験を積んでいる。それが彼の器量になったのでしょう。江戸の三大改革のなかでも、天保の改革に失敗した水野忠邦などは他の大名たちを黙らせる貫禄を欠いていました。

『大名倒産』 ©2023『⼤名倒産』製作委員会

 前田 小四郎は力が強いわけでも頭が切れるわけでもありませんが、自分を捨ててでも弱き者を救いたいという想いを強く持っている。私心を捨てて公器としての役割を引き受けるんですね。それこそ先生のおっしゃる器量なのでしょう。庶民とともに育った小四郎がリーダーとしてたくましく成長していく姿は、今の若者へのエールなのだと受け取りました。

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 彼の何よりの強みは、自分の弱さを認め、周りに素直に助けを求めることができるところ。映画の中で、「うつけ者」として描かれる兄・新次郎(松山ケンイチ)へ抱いていた無意識の偏見を改めるシーンなどは、神木さんの意見を聞きながらスタッフ全員でセリフを考えたんです。印象深いシーンなので、ぜひ注目してほしいです。

 浅田 そういうお話を聞くと羨ましくなるんです。今回は伺えなかったけれど、映画のロケ現場にお邪魔すると、本当に大勢の力で作り上げている。一人で小説を書いている俺はやっぱり孤独だなって。

 前田 今回もぜひいらしてほしかったんですよ。役まで決めていたんですから。

 浅田 あぶないあぶない。行くとこうやって乗せられちゃうから。

 前田 昔、『柘榴坂の仇討』の映画に、髷姿で出演されていましたよね?

 浅田 あの時は「なんだ、町人かよ」と思って(笑)。「今度は侍にしてください」と言っておきました。

 前田 今回は、茶の正客の侍役を用意してたんですけどね。

 浅田 ええっ! 今からじゃダメかな?

 前田 いやいや。

 浅田 ぜひ続編を作ってください。そういえば昔、中国での撮影現場にお邪魔した時、鬘をかぶってほしいと手渡されて、「月代(さかやき)剃らなくていいんじゃないか」なんて言われてさ……(額を撫でる)。

 前田 どんどん話が逸れてきましたよ、戻してください(笑)。

——小四郎のキャラクターは浅田先生と似ているという話を編集担当から聞きました。

 浅田 まあね、こう見えて私、真面目なんですよ。生真面目。小四郎は糞がつくほどの真面目で、無謀な借金も正攻法でコツコツ返そうとするでしょう? 私もデビュー以来、原稿は一度も落としたことがありません。親が死んでも締め切りは守りました。それに断るのは卑怯な気がして、頼まれると「はいはい」って引き受けちゃう。だから同時に連載を4本、なんてことになるんだなあ。この『大名倒産』の連載のときもそうだった。そういうところは似ているのかな。江戸前の気性か武士の気性か。

『大名倒産』は昔話じゃない」の全文は、「文藝春秋」2023年7月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

「俺はやっぱり孤独だなって」浅田次郎が映画監督・前田哲に吐露した小説家のホンネ《映画『大名倒産』秘話》

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