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テーマは「リーダー論」

 前田 僕なりに、この作品のテーマは時代を超えた「リーダー論」だと受け取っています。合理化を進めなければいけないのはわかりながら自分では手を汚さず、面倒なことは下の世代に押し付けるという構図、そして理由なく続く世襲社会。江戸の時代も令和の現代も、改革者に求められるものは変わらないのだと思いました。一狐斎が小四郎に藩の借金をすべて背負わせるところなどは、まるで年金問題や国債のツケを先送りにする現代日本の構図そのままです。そこで真のリーダーは何を成すか。とにかく小四郎という新しいリーダーを描きたいと思ったんです。

前田監督 ©文藝春秋

 浅田 深く読んでくださってありがとうございます。面白いのは、私はこの小説を書いている時には当時と今がこんなにも重なるとは思っていなかったんですよ。書き進めてみてはじめて、「あれ、日本って変わってないな」と気付いた。

 後継者問題なんて特にそうですよね。そんなにおいしい仕事とは思えないのに、政治家から財界人まで、みんな世襲するじゃないですか。映画関係者にもいるでしょう?

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 前田 親子2代で、という方もいますね。あと役者さんも。

 浅田 実は編集者も多いからね。小説家も同様です。才能は遺伝するのかな(笑)。それはさておき、合理性はあまりないと思うのですが、それでもなぜこんなに世襲が多いかといえば、やっぱり私たちはまだ江戸の時代を生きているからなんですよ。

江戸は遠くない

 前田 どういうことですか?

 浅田 150年くらいでは、社会構造ってそんなに変わらない。いまだに代々家を継いでいく、お殿様の時代にいます。僕は昭和26年生まれで、高校2年生の年が明治維新からちょうど100年だった。近所には江戸時代の生まれの老人が住んでいましたし、長命だった曾祖父は明治2年の生まれでした。明治2年といえば、土方歳三はまだ五稜郭で戦争していますからね。

 前田 ああ、そうか。

 浅田 私は覚えていませんが、曾祖父のひざに乗せてもらったそうですから、そう考えれば江戸時代がいかに近いか。2023年は太平洋戦争から78年ですけど、明治維新から僕が生まれるまでの期間とほぼ同じ。時間の経過というのはいい加減なもので、だから私たちは時々はたと気づくんです。「なぜいまだにこんなことをしているんだ」って。

 前田 江戸と令和は地続きなんですね。

 浅田 さらに、徳川のように264年もの間、戦争をしなかった政権は人類史に類がないんですよ。天下泰平が長く続けば何かを合理化する必要がないから、繁文縟礼(はんぶんじょくれい)は増すばかり。どうでもいい慣習ばかりが積みあがり、大名たちはがんじがらめにされていた。

 前田 小説の冒頭では、江戸城本丸御殿でのお目見えを終えた小四郎が“居残り”を意味する下城差留を告げられ、「さては畳の縁(へり)に手をついたか、それとも脇差の鐺(こじり)が襖(ふすま)に触れでもしたか」と作法のことで気を揉むシーンがありますよね。

 浅田 そうそう。そんなこと気にするのかい、という。でも本人たちは大真面目ですからね。