まさにタイトル通りの、「チャンバラ」小説である。しかも、主人公は宮本武蔵。吉川英治『宮本武蔵』や井上雄彦『バガボンド』を引き合いに出すまでもなく、これまで幾度となく小説、マンガ、映画、ドラマの主役を務めてきた超のつく有名人だ。
この時点で、凡百の作家は書くことを拒む。宮本武蔵という人物の事績は同時代の史料に乏しく、知名度の割にその生涯は謎が多い。かといって、好きに書けるかと言われるとそうでもない。何となれば、多くの読者には膨大な先行作品によって、ある程度のイメージが出来上がっているのだ。それとかけ離れたものになれば、「なんか思ってたのと違う」とばかりに、読者は手にした本を投げ出してしまうだろう。すでに書き尽くされた(と思われがちな)人物を小説にすることは、それほどまでに難しく、恐ろしいものだ。
しかしそこは、名手佐藤賢一である。逃げることなく果敢に、この厄介な題材に挑む。しかも、小手先のミステリ的手法や奇を衒った構成に頼ることなく、真っ向から剣によるアクション――すなわちチャンバラの描写を突き詰めることで、武蔵という男を描ききったのだ。だがそうした書き手側の事情を脇に置いても、これが滅法面白い。
本書は、武蔵の人生におけるターニングポイントとなった決闘を順に追っていく連作短編の形式を取っている。決闘のシチュエーションは多岐にわたり、武蔵が一人で多数を相手にする章もあれば、数千人がぶつかる合戦の中の武蔵を描いた章もある。
武蔵と敵の挙動、心理的駆け引き、さらには呼吸までもがひとつひとつ丹念に描かれていくが、そこに精緻な解説が加わるため、読者が置き去りにされることはない。その上でスピード感は損なわれていないので、読者はその決闘に居合わせた目撃者、あるいは武蔵本人になったかのような錯覚に陥るだろう。そして、幾多の決闘を経た武蔵は次第に成長し、はるかな高みへと登り詰めていく。剣豪小説とは言いながら、良質なスポーツ小説を読むような感覚を得ることができるのだ。
中でも、若き武蔵が有馬喜兵衛という武芸者に挑む章では、得物を失った武蔵が有馬に肉弾戦を仕掛け、そこから現代の総合格闘技さながらの攻防が繰り広げられるのだからたまらない。格闘技好き、武道好きにも、本書を強くお勧めしたい所以である。
だが、本書は決して決闘ばかりを描いたバトル物ではない。武蔵と佐々木小次郎との因縁、巌流島の決闘の裏側に隠された陰謀劇、養父新免無二との関係性と、剣に生きるしかない者たちの業。
読みどころは多く、語りたいところが山のようにある本書だが、紙幅が尽きそうなので是非、手に取って確かめていただきたい。
さとうけんいち/1968年、山形県鶴岡市生まれ。93年「ジャガーになった男」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。99年『王妃の離婚』で直木賞を、2014年『小説フランス革命』で毎日出版文化賞特別賞を、20年『ナポレオン』で司馬遼太郎賞を受賞。
あまのすみき/作家。2013年、『破天の剣』で中山義秀文学賞、19年、『雑賀のいくさ姫』で日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。