プロ野球選手なら「入団」、アナウンサーなら「入社」という表現になりますが、組織に属して7、8年目はキャリアの節目を迎える頃なのでしょう。そう思うのは、私自身がアナウンサーとして体験し、同時に取材者として一人の選手の変化を感じているからです。
埼玉西武ライオンズの鈴木将平選手。2016年ドラフト4位で静岡高校から入団したこの外野手は、話を聞きに行くといつも丁寧に答えてくれます。まさに見た目通りの好青年。恥ずかしながらアナウンサーの仕事をしているにもかかわらず人に話を聞くことに苦手意識を持っている私にとって、鈴木選手のような選手は涙が出るほど有り難いのです。
去年は開幕スタメンで1番起用も状態が上がらず5月初旬に一軍登録抹消、7月中旬に一軍復帰も、当たりが出始めた8月初旬に新型コロナ陽性で抹消と思うようにいかないシーズンでしたが、自己最多の58試合に出場しました。
そして今シーズン、大きく飛躍しようとしています。ここまで(7月19日時点)62試合に出場、うち55試合でスタメン出場し打率.252、出塁率は.300をマーク。開幕から一度もファームに行くことなく、自身初の3番を任されたこともあります
……と書いたら、この原稿が掲載される前日の7月21日、「体調不良」で登録抹消となってしまいました。
ファンの皆さんは心配しているでしょうが、鈴木選手なら大丈夫。今季、躍進の手がかりをつかむまでの道程を振り返ると、私は自信を持ってそう言うことができるのです。
昨シーズン開幕前日に行った、鈴木選手の囲み取材音源が残っていました。
「一皮むけた手応えはあります。自分が二軍で結果が出るのは誰もがわかっていること。自分がそこ(一軍)で活躍することを期待してもらっています」
開幕スタメンで迎えた昨シーズン、一軍に定着しきれず悔しかったでしょうが、一軍で経験した58試合は大きな力となったようです。今年、昨シーズンを振り返ってこんな話をしていました。
「今シーズンは打席の中の力みがだいぶないですね。力みがないと球の見え方も違います。去年がなかったら、たぶんこんなに余裕はないです。去年後半くらいからやっとボールが見えるようになってきました。去年があって今年、やっと落ち着いてできているのはステップ的に良かったです。去年打席に立っていろんな球を見ました。今年は対戦経験のあるピッチャーが多いですし、去年の経験がかなり生きていると思います」
鈴木を見て思い出した「競馬実況」
苦しみながらも着実にステップを踏み、ボールが見えるようになったことで出てきた心の余裕。そんな鈴木選手を取材しながら、自分自身に重ね合わせるところがあります。
私は入社4年目の終わり(2004年3月)に競馬実況デビューを果たすのですが、入社直後から練習していたものの、4コーナーの馬群が双眼鏡越しにどうしても正確に把握できず非常に苦しみました。
競馬中継はスポーツ実況の中で難度の高いジャンルです。理由の一つは出走馬の馬名を全頭覚えないといけない点にあります。野球なら「打った、ショートゴロ、ショート前進、一塁に送球、アウト」のようにポジション名だけでも実況が成立しますが、競馬の場合「先頭は馬、2番手は馬、3番手は馬」では聴いている人がさっぱりわからず、実況として成立しません。
私は練習を始めた当初、馬の名前をなかなか覚えられずに非常に苦労しました。競馬中継時は基本的に双眼鏡で放送席から数百メートル先の馬を見ながら実況しています。馬そのものでは見分けがつかないので、騎手が着ている勝負服の模様で馬を見分けています。双眼鏡で見える馬の大きさは、よくお店で売っている小分けのチョコレート1つ分くらいでしょうか。双眼鏡越しにこれを正確に見ることがまず求められます。
競馬と向き合ったのが社会人になってからというのもあり、初めは興味を持てませんでした。それがなかなか競馬実況デビューを果たせなかった原因の一つと思っているのですが、次第にその馬の持つ背景(血統など)、レースの意味や騎手などに興味を持つにつれて、競馬そのものが自分の中に自然に入ってくるようになりました。
すると突然、「4コーナーで馬が見える」ようになったのです。具体的に言うと、各馬の位置取りを把握して、どの馬がここからゴールに向かって伸びてくるか、あるいはその逆なのかが自分なりにわかるようになりました。馬の名前もすんなりと覚えられるようになりました。それからは競馬実況の練習をしていても気持ちが明るくなり、余裕も自信も湧くようになりました。それまで何頭もの馬やその名前を見てきた経験が実を結んだのだと思います。
鈴木選手の「ボールがやっと見えるようになった」話を聞き、そんな自分の経験と勝手に重ね合わせていました。