きたる7月19日、東京築地の料亭・新喜楽にて第169回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・月村了衛氏に、候補作『香港警察東京分室』(小学館)について話を聞いた。(全5作の4作目/続きを読む)
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緊迫する国際情勢を背景にした、圧巻の警察小説が誕生した。日本で増加する国際犯罪の解決を名目に、日本の警察と香港の警察が協力する――警視庁に新設されたのは、日本と香港各5名のメンバーから成る「特殊共助係」。各部署の厄介者が集まった場所として、内部では香港警察の下請け、接待係と揶揄され、「分室」とも呼ばれている。
「『香港警察東京分室』というタイトルは、デビューのだいぶ前に思いついたものです。スケールの大きな作品になりそうだと思ったのですが、途中で放棄しました。その後年月が流れ、編集の皆さんとの歓談の折にふとそのタイトルだけを口にしたところ、『ぜひそのタイトルでお願いしたい』と。当然内容はまったくの別物で、新たに構想を練りました。
この数年で香港情勢は激変しています。特に香港国家安全維持法の成立はあまりに大きい。執筆のタイミングとしては最適でした。膨大な資料を前に頭を抱えるなかで見えてきたのが、『2047年問題』。2047年は、英国と中国との『一国二制度』が終了する年です。これを根底に据えることによって日本と香港を巡る人間達の物語を描けるのではないか。それは作品の骨子を支えるテーマともなり得るものであると確信し、書き始めました」
日本勢と香港勢の異なる正義感
「分室」初の共助事案は、2021年に香港で起こった「422デモ」を扇動し、多くの死者を出した上、助手を殺害し日本に逃亡したキャサリン・ユー元教授を逮捕すること。10人の警察官たちは、天然なようで侮れない水越管理官、元ヤンキーの山吹捜査官、デモで同僚を失ったシドニー、元教授の教え子のハリエットなど、個性派揃い。日本勢と香港勢は互いの腹を探り合い、緊張感を漂わせながらも、警察官としての使命を胸に、捜査に協力していく。
「異なる価値観や正義感を持った10人が、人生の根幹に関わる局面に遭遇したときどう行動するのか。人を守るという職務にどう向き合うのか。分室メンバーの下した決断を、そこに至る過程と共に楽しんでいただければと」
「香港の現状は、日本の姿と大きく重なる」
ユー元教授の行方を追ううちに、10人は香港系の犯罪グループ同士の抗争に巻き込まれ、物語は怒涛の展開を見せていく。迫力のアクションシーンも読みどころのひとつだ。そして真相に迫るなかで見えてきたのは、民主化運動の裏にある中国の謀略だった。
「香港を描いているようで、本作が描いているのは実は現在の日本です。そのことを読者に強く伝えたい。香港の現状は、民主主義が急速に失われている日本の姿と大きく重なっていることを感じ取っていただけたら嬉しいです」
月村了衛(つきむらりょうえ)
1963年大阪府生まれ。2010年『機龍警察』でデビュー。19年『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。『コルトM1851残月』ほか、著作多数。
(初出:「オール読物」2023年7月号)