「自分でもバカだな、と思います」
そのお棺を今、飾り付けているのだという。
「自分でもバカだな、と思います。でもトッティが死んだら孫たちもみんな駆け付けてくれると言ってくれているので。今、曾孫が家に遊びにくるとヨロヨロ歩くトッティにハイハイでついて行くんですよ(笑)。その光景を見ていると本当に幸せな気分になります。だからその感謝を伝えたいって。夏目漱石が若くして亡くなった親しい女性(歌人で作家の大塚楠緒子)に詠んだ句がありますでしょう? 『あるほどの菊投げ入れよ棺の中』って。
私もトッティが死んだら、このお棺の中にいっぱい花をいれて、好きなおやつもいっぱい入れて、ゆっくりと泣きながら一晩を過ごしたいなと思っているんです。伊藤さんの本を読んで、私のこの考え方でいいんだと思えて、心構えができたような気がします。だって、どんなに逆立ちしたってこの子が亡くなったらもう(新しい犬は)飼えないでしょ? 本当にこの子が最初で最後の犬ですから」
トッティは大場さんの話にじっと耳を傾けている。
「20年の歴史のなかでこんなにトッティのこと話したことはありません。トッティが繋いでくれたご縁ですね。全部、この子が連れてきてくれるんです。(私が連れてきたレタラに向かって)ごめんね。お利口さんにしてたね。目がきれいだね。これからいっぱい生きれるもんね。よかったね。元気で生きるんだよ」
野犬の母から生まれたレタラは基本的に初めての人は怖がるのだが、大人しく大場さんに撫でられている。気付けば、この家にきて2時間が経っていた。
もうトッティは寝る時間だ。
「夜にちょっと具合の悪いときなんかは、私の体にぴたりと背中をつけてくるんです。私も毎日、トッティのシッポをつかんで寝るんです。フフフフ、布団の中でシッポを掴んで……バカでしょ?」
大人になってから誰かのために祈った、という記憶はほとんどない。だがわざわざマンションの下まで降りてきて私たちを見送ってくれた大場さんとトッティの姿を見ながら、2人の穏やかで平和な日常が1日でも1秒でも長く続きますようにと、これだけは真剣に祈らずにはいられなかった。
撮影=伊藤アキコ