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ヤンキー座りで監督を挑発

 豊田監督は打撃不振に悩む龍世にプレッシャーを与え続けた。対する龍世は徐々に反抗的な態度をとるようになった。 当時、龍世はどんな心境だったのか。

「それがよく覚えてないんです。それくらい悩んでいたんだと思います。何をやっても結果が出なくて。その中でいろいろ言われていたのですが、それも覚えてないくらいです。ただ『この野郎』と思っていたのは覚えていますね。反骨心はすごく鍛えられたと思います」

 ある時、豊田監督は龍世を監督室に呼び出した。

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「監督室からグラウンドが見えるんですが、真正面のレフトポールのところでヤンキー座りをしていて、超ふてくされているんですよね。みんながボールを拾っているのに、あいつだけヤンキー座り。『これは挑発しているな』と思って、監督室に呼んだんです」

 マネージャーの説得に応じ、渋々ながら監督室にやってきた龍世に対し、豊田監督はこう告げた。

「お前が打てなくてチームが負けている。お前が打ったら勝つんだよ。お前が逃げるから、きついメニューを与えてるんだ。最後はなんとかしろよ!」

 豊田監督は龍世に“4番”という責任を背負わせた。そうすることが龍世の成長につながり、乗り越えられると信じていたからだ。

「あいつの性格もわかっていて、やったことではあります。最後はやっぱりプロに行かせてやりたかったんで。やっぱり全国大会に行かないとプロには行けない。リーグ戦だと(スカウトに)全く見てもらえないので、やっぱり神宮でパフォーマンスを見せてこそです。あそこはあいつにとっての分岐点になったと思います」 

「何をどうしたか覚えてない」と語るくらい悩みに悩み抜いた龍世だったが、逃げ出すことを選ばなかった。

「僕も『クソッ!』と思いながらやっていましたけど、監督を『嫌い』とはならなかったんです。今もお付き合いさせてもらっていますが、信頼関係があったんでしょうね。嫌いな人に責められ続けたら『もういいよ!』って、グラウンドに行かなかったかもしれないですしね」

 主砲・龍世の不振に苦しみながらも、リーグ優勝決定戦まで持ち込んだ富士大学。その試合で豊田監督は龍世を4番で起用する。信頼していなければできないことだ。

「開き直ってやれた」と当時のインタビュー記事で語っていた龍世は、この大一番で4安打を放ち、4番としてチームをリーグ優勝へ導く。プレッシャーを見事に跳ね除けたのだ。

 ぶつかった壁を乗り越えなければ、その先の景色を見ることはできない。記憶がなくなるくらい苦しみながらも、目の前の壁を越えて見せた龍世は、自らの力でスカウトの目が届く神宮大会に駒を進め、プロ入りへの切符を掴んだ。

試合前練習の一コマ。どんなときでもコミュニケーションを欠かさない ©岩国誠

森友哉に教わったこと

 苦しみ抜いて辿り着いたプロの世界で、龍世は決定的な出会いを迎える。

「森さんですね」

 森友哉。龍世が入団した1年目の2019年にはライオンズの正捕手として攻守でチームを支え、リーグ2連覇に大きく貢献したが、昨年オフ、龍世と入れ替わる形でオリックスにFA移籍。今は怪我からの復帰を目指している最中だ。

「1年目は本当に森さんにめちゃくちゃ怒られていました。『もっと野球に真面目になれ、野球好きになれ』って。最初は何言ってんだろうって思っていたんですけど、やっぱり自分が知っている野球、考えている野球がすごく浅いものだったって。今は野球のことばかり考えていますね」

 豊田監督との出会いで養われた、自分の役割に対する責任感。そして森から教わった野球と真摯に向き合う姿勢。2人の“師匠”からの学びが、今の野球に実直な男・佐藤龍世の核になっている。

 自分の手を離れ、プロの世界で成長した龍世を豊田監督はこう話した。

「(学生時代から)変わったのはやっぱり人間性じゃないですかね。最近は試合に出られなくても不貞腐れなくなりましたし、代打で出ても結果を出している。その結果だけを見ても成長しているなって思います。それに、しばらく出場がなくても起用されたら結果を残す。そういう部分で考え方とか準備の部分が変わったのかなと思います。『俺には野球しかない』って思っているのかな」

プロテクター姿の佐藤龍世。防具は森友哉から譲り受けたもの。胸にTMのマークが残る ©岩国誠

 最近の西武ではスタメン出場も増えてきたが、体調不良だった鈴木将平や中村剛也が一軍に復帰。今後は再びベンチを温める日が続くかもしれない。

「試合に出られるのが一番いいですが、僕が出なくてもチームが勝ってくれたらそれでいいです」

 それでも龍世は自らの役割に責任感を持ち、日々の準備を怠らない。そうすることがチームの勝利につながると信じているから。

「いけと言われて1試合で結果を残さないとだめな立場なので。準備しておいて無駄なことは絶対ないと思うので、頑張って準備します」

 人は見た目で判断してはいけない。野球に実直な男・佐藤龍世。日々の努力を形に変えて、きょうもベルーナドームを笑顔で包んで欲しい。

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