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問答無用の説得力を持つスターが、ヒーローが必要

 私事ですが、小学生の私が初めて札幌市円山球場にてファイターズの試合を観たのは、たぶん1976年7月31日からの対オリオンズ3連戦のどれかでありました。と、曖昧なのは「試合前にお父さんが金田監督から時間を訊かれた」というただその一事しか憶えてないんです。その翌年にはたぶん7月31日の対ブレーブス戦ダブルヘッダーを観てるのですが、これも「山口高志投手の球が凄く速かった」以外の記憶がなく、ファイターズの試合をファイターズファンの父親と観に行ったのに、肝心のファイターズの思い出がないという有様。

 大人になってから振り返ってみるに、子供の私にとって当時のファイターズのイメージはどうやら「親分」大沢啓二監督のみ。選手個々を認識するところまでは行かず、それで相手投手の球の速さにびっくりしたら、そりゃあその人の印象だけ強く残して帰ってくることになる訳です。ダブルヘッダー2試合目の大勝がなかったらうっかりブレーブスのファンになってしまっていたのかもしれません。危ないところでした(何がだ)。

『コドモの定番』(おかべりか、学陽書房)という本には、「お父さんと一緒にナイターを観ていてお父さんと同じチームを応援している筈だったのに相手選手のエラーを取り返すホームランに魅せられてファンになる坊や」の様子が描かれています。事程左様に、子供の心は何がきっかけでどう動くか判りません。親がファンだからといって、それだけで簡単に同調させられる訳でもないんですね。やはり問答無用の説得力を持つスターが、ヒーローが必要です。

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 しかもこれはただ単に「実力のある選手」「うまい選手」というだけでは足りません。2006年の優勝直前、えのきど監督は「ファイターズには1万円札の選手がいない、合計額は1万円あるけどみんな千円札」という表現をしていましたが、この時のチームには小笠原道大もSHINJOもいた訳です。それでもチーム丸ごとをよそさまと比べると、どうしても小粒感というか微妙に華やかさに欠けるのは否めなかった訳でした。さてそれから17年後の今。相変わらず1万円札はない、というか更に小粒になってはいないでしょうか。500円玉貯金みたいになってませんか。みんな新しくてぴかぴかの綺麗な500円玉で合計額もかなりのものではあるのですが、帯封付き札束の迫力はない。でもいつまでもそれじゃあいけません。

 というところで万波中正の出番なのです。

 浅村栄斗にホームラン数を追い越されてから1か月余り。一時はかなり差をつけられましたが最近はまたホームランが出るようになってきて、8月23日の試合で1本差に迫る20号到達となりました。この日のNHKの中継では実況アナウンサーさんが「万波の打撃練習を見ているとタワー11に打球がぶつかりそう」と言ってたんですよね。タワー11、エスコンフィールドのレフトスタンドにそびえる5階建てです。ここに打球が当たりそうだなんて言われた選手、彼以外にいないでしょう。

 最近ではチャンスで打席が回ってくると、007風に格好つけた映像がビジョンに出るようになりました。これも悪くないんですけれども、大人っぽくダンディを気取るよりはちびっ子達のヒーローの方が、彼のキャラクターには合ってるような気がするんですよねー。だってお立ち台での笑顔なんか、23歳になった今でもまるっきり少年のようですよ。

 ヒーローになっちゃえ、マンチュウ君。エスコンフィールドでもテレビの前でも、子供達の目を、心を、捉えて離さないような。「どの選手が好き?」って訊かれた子が、みんな「万波選手!」って言うような。

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