コンビニや本屋で、レジを打つ人が買った人のおおよその年齢と性別を入力するボタンを押すじゃないですか。しかも、はすから見ると、店員さんがどのボタンを押すのか見えちゃうわけです。興味津々ですね。当然観察するのです。お前にとって私は何歳に見えているのかなーって。今日のラフな格好だったら30代に見てくれるかもしれないなーって。そんな45歳の私を見て、店員さんが男性59歳以上を意味する青い「59」ってボタンを押したときに、血圧が上がって頭が爆発してコンビニが壊滅してコンビニチェーン本部で経営陣が土下座して詫びる図を思い浮かべるんですよね。ま、実際には顔色一つ変えずに「ありがとうございました」と言ってコンビニ袋ぶら下げて店を出るだけなんですけどね。

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「若い人が貴重」な時代の旧態依然

 たまに子供連れて歩いていて「お爺さんと孫」扱いをされて血圧を上げたり、電車で立っていて席を譲られて血圧を上げたり、この世の中は血圧が上がる事案に事欠かないのが残念です。しかしながら、若い人の立場からすると、私のような中年はともかく親の年齢以上の人たちと接する機会が多くなっているのが現状のようです。大学の研究室で一緒になった学生さんたちは、いずれもバイト先などで会う人に同年齢の若者は少なく、親ほどの歳のおっさんおばさんと一緒になって働いていると言います。真の意味で「若い人が貴重」という時代に差し掛かっているのは間違いないでしょう。

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 しかしながら、彼らと就職に関する雑談などをしていると、自分の身の丈や興味にあったベンチャー企業を蹴って、結構旧態依然とした大企業の門を叩くケースが少なくありません。観測範囲で言えば、3年生ごろにはもうインターンに行って、統計学や人工知能などを専攻している子たちはすでに意中の会社から「内々定」をもらったり、先方がお世話する形での渡米などを計画していました。バブル経済崩壊直後の就職氷河期で就職に大変な苦労をした私たちの世代に比べれば、ちょっとあり得ないぐらいの青田買いであり、売り手市場で羨ましいです。私は私の人生に後悔はしていないけど、いまの時代に生まれていたら日本経済がどんな景色に見えたのかに思いを馳せてしまいます。彼らの行動や判断には興味津々です。